お人形さんを撮る。

No comments 2月 5th, 2012, 23:59:02


今日DFGの2階で展示されてた法政大学Ⅰ部美術研究会の現部長・千葉さん作の球体間接人形。
コンデジしか持っていなかったけど撮らせて頂きました。

実はこれも今後やってみたいことの一つです。よそ様のお人形を撮りたい。
しかしこれはそんなに気楽にできることではないので、まだ二の足を踏んでいます。
前にも書きましたが、私は「人形の写真を撮っている」わけではなくて、
それが自分ちのひとたちであれ、よそ様であれ同じことなのです。
レンズ越しにお人形と対峙する、ということは、私にとっては会話の手段です。
お人形さんはもちろん、私達のように生きているわけではなく、会話もできません。
その彼らとのコミュニケーションの手段が、写真です。
そしてもちろんそれは、その手段の一部にすぎません。
また、お人形さんとコミュニケーションを図るということは、目的ではありません。
これが、「人形の写真を撮っているわけではない」だとか、
「私の作品は『人形写真』ではない」ということの意味である、と言えるかも。

自分ちのひとたちとも十分にコミュニケイトできていないのに、
よそ様に浮気している場合じゃない、という思いもあるにはあるんですがね……。
どうも今後の自分のやるべきことを考えていると、
少し視野を広げたほうがいいような気がするのです。
いまいち、ただの人形写真から抜け出せないのがどうにも。
向き合い方がまずいような感じがあるんだよなぁ。
って、単によそ様のお人形さんに相談しに行くようなもんなんですが。
ろくなもんじゃないな……。ははは。

難しいのは、もしそのお人形の作家さんやオーナーさんが撮影OKをしてくれても、
お人形さんのほうからNGが出ることがあるっていうところ。
あと、例えばスーパードルフィーは陶器だし、作家さんの作品はだいたい粘土だし、
うちの塩ビとABSで出来てる人たちとは扱い方が全く違うので、
作家さんやオーナーさんにも同席して頂かないと撮影が出来ないというところ。
たいてい、一度設置してしまえば、あとは自分が動いて撮るようにしてるので、
大きな移動とかポーズ変えとかもしないんですけどね……やっぱり、万一のことを考えると。

千葉さんにもすでに交渉を持ちかけたんですけども、
もしもご協力頂ける人形作家さん、オーナーさんがいらしたらご一報頂けるとうれしいです。
ただ、私が人形を撮っているのは「人形が好きだから」ではない、ということをどうかご了承ください。
まずはそういうことをちゃんと説明できるようになってから、っていう気もしてます……。
なんか、どこかにまとめておいたりしておきたいですね……。うーむ。

毛玉写真展終わりました。+今後の見通し。

No comments 2月 5th, 2012, 23:02:08


ダスキンとこんなに一緒に居たのも久しぶり。
板チョコバナナワッフルは私が一人で食べました。
4日、5日と原宿DFGでケント帰還展をやっておりましたが、
無事に終了いたしました。
わざわざおいで頂いたみなさまには、大変失礼をいたしました。
また、会場にて足を止めてくださったみなさま、
他のご出展者のみなさま、スタッフのみなさま、
ありがとうございました。お世話になりました。

大変に低いモチベーションとすこぶる悪い体調の中、
這って歩くような気持ちでこなした2日間でしたが、
終わってみればどことなく気持ちの整理整頓ができた感じがします。
少なくとも、どうにもやり切れずに叫びだしたかったあの苛立ちは、
なんとなく丸みを帯びて、重量を減らしたように思えます。
今日、ポッドキャスト用にフリートークを録音しましたが、
どうもただの愚痴っぽくなっちゃったので配信するかどうかは未定。
誰に話すでもなくぽつぽつと口に出してみたことが、
結局は自分を納得させるものになったのかもしれません。

さて、今年初めで13期最後の展示会が終わりましたので、今後の見通し。
といっても、全く見通せていません。どうなるか解りません。
どうしたいのか、が解らないから尚更どうしようもないんですけども。

ただ、やりたいことはたくさんあります。
たくさんあるんだけど、どうにもバラバラしていて、
今のままで取り掛かったところで、なにもかもが中途半端になる気がする。
今でさえ相当中途半端なのに、これが更にとなると、問題。
だから、時間と労力を使う先は、考え事と勉強になるのかなと思っております。

原宿DFGさんではもう4年も展示をやらせて頂いていて、
スタッフさんともだいぶ顔なじみになったせいか、緊張感が無くなっていかんのです。
そういう、馴染んだ場所っていうのはもちろん、ないよりはあったほうがいいんですが。
最近、展示をしに行って思うのは、「DD展の時の感情を思い出したいなぁ」と。
「Dolly Doll」の展示がそれこそ私の展示発表の始まりですけど。
あのぐらいの時期は、考え方も作りこみも今よりまったく甘かったですが、
そんなことよりも作って展示することがとにかく楽しかったし、
そのことに何の疑問も抱きませんでした。迷いもなかった。今ほどは。
あの感情を思い出すために、他のギャラリーでやればいいのかというとそうでもなくて、
やはり、今の私は手詰まり状態なんだと思います。
創ることそのものに喜びを感じられないほど、迷って疑っている。
そんな状態で何をどう創ったところで、所詮はゴミみたいなものしか出来ません。

使い古された言葉に振り回されて、自分の言動に行き先を封じられ、
前にも後にも進めなくなってしまうことを、私は恐れていたのですけど、まさに。
なんだか、こういう八甲田山状態っていうのはその状態に陥っているだけで削られるから、
脱しよう脱しようと不必要にもがいてしまって余計にドツボにはまりますね。
下手に抵抗したり言い訳をしたりしなければ、ちょっとした糸口ぐらいは見えるのかもしれない。

なんだかな。
早く風邪治します。

明日(今日)まで、原宿DFGで毛玉写真展です。

No comments 2月 5th, 2012, 03:24:24


原宿DFGのWESTアートポケットにて、明日までケント帰還展やってます。
準備期間というより、準備をしている余裕が心身ともにほとんどない中で作ったにしては、
なんとかなったんじゃなかろうかと……。
今回の趣旨としては、ペットが盗まれるもんだ、と知って頂きたいというところです。
それ以上というか、それ以外のところは全く何もありません。
当然、私の創りたいものの本筋ではないですし、これを膨らませていくつもりもありません。
また、それゆえにモチベーションは大変低いものですし、
今日足を運んでくださった方にはもちろん大変な失礼をしていることは承知です。
それでも「辞めたい」と少しでも思ったときに「辞める」という思い切りが必要であることを、
学ぶ機会となったことは確かだと思っています。
いや、本当に申し訳ないと思う。
せっかく展示に来てくださった方に大して自分の展示作品を卑下するということは、
私自身が嫌っており、今までさんざん文句を言っていたことではあるんで、
そこを指摘されてお叱りを受けるのは当然のことと思っています。
来なければ良かったと思われたかもしれないです。その点に関しては謝罪しかできません。
ただ、私が今日申し上げたことは卑下ではなくて、本当にそう思っているから申し上げたのです。
でも本心はせめて今日明日だけは隠しておくべきでした。そこは反省しています。

今回は「写真展」という言葉を使ってもいいかなと思っていたのですが、
やはり使わないほうが良かったな、とも思いました。
いい加減、自分のことを「写真家」と言うのも辞めないとな、と思ってるんですが、
そこにしがみついていれば、何となく安全で居られるような気がしていていけません。
いつもの人形のアレもそうですし、今回の犬にしたってそうですが、
やはりどうしたって私が作っているものは「写真」ではない気がするのです。
それを「写真」として見られたらどんどん話が噛み合わなくなっていく。
それでも手法が写真であるがゆえに、「写真」と言ってしまうのが一番簡単で、
そう言っておけば良いような気がしているんですね。それは私の怠慢。

上手に撮れないよりは上手に撮れた方が良い、のかもしれない。
多くの人の作品に触れないよりは、触れたほうが良い、のかもしれない。
売れないよりは、売れたほうが良い、のかもしれない。
しかし、例えば私のいつもの人形のアレを創ることに関して言えば、
「人形」を上手く撮ろうとしたところで意味がないわけですね。
アレを創るために人形が好きである必要もないのです。
一つの大きな流れの中で、必然的に人形を用いることになったわけで、
それが好きか嫌いかなんていうことは問題ではありません。
これは単に私の力不足で伝わっていないだけではあるんですけど。
今ファイルの中に入れているプリントなんて、所詮その中で収まる程度のものなので、
あれを見たところで何も伝わるものはないことは解ってます。
それでも今日あのファイルを持ち出したのも、失敗の一つではあったんですよね。

人形が好きだとか、上手く撮りたいなんて考えていたら、人形だけしか撮れない。
むしろそれは、創り続けていく過程で私が「必要ない」と思ったことです。
人形が撮りたくて、人形だけが撮りたいなら、それを考えていればいいんでしょう。
それそのものが撮れればいいなら、それでいいんじゃないでしょうか。
「わかる人だけにわかればいいと思っているから話さない、聞く耳を持たない」
そう思われていたことも少なからず心外であり。
今日一日どうしてこんなにその言葉が引っかかるのか、
解らないまま悶々と過ごしていました。
しかし、後で「わかる人にしかわからないのは当たり前だ」と。
確かにそれは当たり前のことで、私はずっとそこを省いて話そうとしていたんですね。
当然そうすると話は噛み合わないですから、写真の話と似たような状況に陥る。

そこんとこを、本筋の展示としてやっていれば多分、根気強く話せたんですけど、
上手くできなかったのは本当に申し訳なかったです。
だいたい、外に対して写真家っつってその立場をとり続ける限り、
何を言っても負け惜しみみたいになっちゃうんで……それもまた誤解を深めそうで、
なんか、早く会話を切り上げようとするほどに空回ってしまった気がします。
まあそれが、聞く耳を持たないように見えたならそれはそれとして仕方ない。
思ったのは、「あるもの」を一面のみでなく多面的に見られているからといって、
その認識が「あるもの」で閉じている限り、それは同じことであるということ。
どんなに一つの「あるもの」をさまざまな切り口から論じられたとしても、
それがそこで閉じている限り、いつかは頭打ちになるのです。
そのことが解っていながらそれに終始することは私には出来ません。

てか、とにかく今日はどうにも体調が悪すぎて、立っているだけで精一杯の有様でした。
結局こんな時間まで考え事をしているので明日は現場に行くのが遅くなるかもしれません。
しかし精神的にも相当キてる筈なんで、今自分が何でまだ立っていられるのかわかりません。
気力も体力も底をついてるはずなんですが。意地か。たぶん意地だな。
やはりあの2週間の消耗は酷いものがあったし、それ以外でも色々とテンコモリで、
明日の展示が終わったらもしかしたらぶっ倒れるかも……ぶっ倒れないように気をつけよう……。

さて、とりあえず私が「創り続ける」と決めた年を1期としての13期が今月で終わり。
13期の締めくくりとして相応しくない展示をやってしまいましたが(まだ終わってませんが)
これでいったん、終わりです。あ、あと9月に公募展の予定はありますが。
自力でやることとしては、今日明日のケント帰還展でいったん終わりたいと思います。
創作活動のようなものは、もはや生活なので生きている限り続くんじゃないかと思いますが、
展示発表っていうものに関しては、個展的なものは当分やらないつもりです。
ある程度、ずっとふんわりしていたものが、ここ数年でだいぶ輪郭を帯びてきたので、
それをもうちょっと削りだしていく作業に入ることになるのかなと。
今の状態では何を創っても作品としてお見せするようなものにはならない気がします。
9月は9月で、その時点での精一杯をお出しするつもりではいますが、
そこをリミットやデッドラインにして、焦ってしまわないよう気をつけようとも思っています。
それ以降の年内になにかが出来たとしても、それも中間報告でしかないんじゃないかな。

ま、でも色々学べた機会だったのでありがたいなと思っております。
わざわざ本日足をお運びくださったみなさま、ありがとうございました。

良いノート。

No comments 2月 1st, 2012, 23:43:32

私の部屋の棚には結構な量の未使用ノートが祀られているのですが、
何か使用目的が出来て新しいノートをおろす時は相当な時間悩みます。
ある時期に、めぼしいノートはだいたい仕入れきってしまったので、
最近新たにこの棚に新品ノートが加わることはありません。
でも、それぞれに何時間も吟味して結局購入したり、
一目ぼれでどうしても欲しくなって購入したりしたノートです。
時々、無意味に取り出してきて並べて悦に入ったりしていますが(苦笑)
そんなことより、ノートは文字をしたためるために在るもの。
一冊を大切に使い切るため、使用目的が出来たらじっくりノートとも話し合います。

私がノートを使う目的と言ったら、もうほとんど小説書きか、創作メモの二つです。
創作メモは、最近LIFEのシンフォニーノートで落ち着いているので、
これより気に入るものが出ない限りはずっとこれかなぁと。
小説は、これは、色々です。今までも本当に色んなものに書いてきた。
ルーズリーフだったり、キャンパスノートだったり。
どれがどう、というわけではなくて、そのお話を綴るためのノートって、ある。
私は小説家ではないし、原稿用紙に殊更にこだわる必要もないから。

書き始める前にゆっくりと世界を膨らませて、それに合うノートを選ぶこともある。
POMERAで打っていたものを結局紙で書き直すことにして、その推敲をしながら、
彼らを抱き込んでいてくれるノートを探している最中でもある。
特に、糸綴じの本を選ぶときは覚悟が必要。
執筆中の自分の苦悩や試行錯誤も、全部残していくつもりで紙面に向かう。
どんなノートにも、そうした包容力はプレ・インストールされているもので、
一冊のノートの中にはギッシリと自由が詰まっており、そして、白紙である。


ところで、原稿用紙の老舗、満寿屋さんが作られているMONOKAKIノート。
昨夜、これを「執事」をはじめとする短短編(ショートショート?)を書くため、
棚から下ろしてきて、無印良品のノートカバーをかけました。
装丁がとても凝っていて!見せびらかしたいぐらいなんだけど!
もったいないのと傷ついたらショックなので固めのカバー。

しかし、今日はひたすら満寿屋ノートを広げては閉じ広げては閉じ、
万年筆を近付けては「おっとあぶねぇ~」とかやっててなかなか書き始められない。
見れば見るほどいい紙で慄く。早く書いてみたい。でもまだ線一本も引いてない。
ツバメならッ! ツバメなら迷いもなく書き出せるのにッ!!!
※ツバメには最近慣れてきたという意味で。見かけたら買いたくなる。近々足りなくなりそう。

むかーし、私は一冊のノートを最後まで使えない子だったんですよね。
それが大変もったいないしノート作ってる方に申し訳ないと思って改心し、
このような紙と文房具オタクへと成長したわけです。
良いノートや筆記具と出会うと、諦めていた「書く」っていう表し方が、
なんとなく出来そうな予感がしてきたりなぞしてきますですね(何?

かといって、POMERAさんを使わなくなるかといえば、そんなこともなく。
ときにはキーボードで書くようなことも必要になったりなどするわけでして。
へへへ。最近良い文具で良い紙に文字を書く機会が増えて嬉しい。
っていうか、まあ、自分でそういう状況をせっせとこしらえたんだけど。

満寿屋ノートに文字が書かれるのはいつになるかしらねー。ははは。

2012年一発目が毛玉写真展。

No comments 1月 31st, 2012, 23:55:08


何しろ情報提供呼びかけのための企画だったので、
とにかく今すぐ空いてるギャラリーで使わせてもらえるギャラリーったら、
原宿DFGさんぐらいしかなかったんもんですから、ほんと急遽。
ケント帰ってきましたご報告展示会を、2月4日と5日に開催します。
まあちょっとずつ、「こう作らないといけない」枠から出て、
自由な額装がしたいなと思っているんですが、その試験的な制作をば。

ケントさんを気にかけてくださったみなさまへのお礼とかご報告とか、
そういうのが一番なんだけども、「ペットは盗まれる」ということを、
知っておいて頂きたいと思うが故の、企画です。

ただ、まだまだ私自身があまりにも勉強不足なので、
深くどうしろこうしろとは言えないんですけどね。
毎度宿題が多すぎて終わらない。多重債務状態です。
またこの問題に関しても、この問題「だけ」に着目したところで、
どの道手詰まりになることは目に見えています。

今は実は、そっちの手を考えるよりも、
まずもっと私自身の過去や現在や未来に視線を向けなければならない時期。

うーん、なんだかなー!
自分のポートフォリオも作ってかないと。

紙と文房具に囲まれて生きていたい。

No comments 1月 30th, 2012, 23:49:09


印刷屋さんドットコム http://www.insatsuyasan.com/ さんで、
ためし刷りとかそういうので今まで捨ててらしたヤレ紙を、
メモにして分けてくださるってブログ記事書かれてたので、
メールをしてみました。
そしたらとても丁寧にご対応いただいて、メモスタンドまで頂いた。
ありがたいもんです。
会社のパンフとか紙見本とかカラーチャートとかありがたいものづくし。

んで、展示の準備のためにエプソンさんのインク買い足したんですが、
また、てるずネットさんがほんのおまけです、を入れてくれた。

謎のハイチュウ。
あとボールペンは何本あっても嬉しいけど、もうこれで4本目じゃよ。
まあ、面白いからいいや。
これのせいでついインクはてるずネットさんに頼んでしまうよ。

でっかい建物出来たらしい。

No comments 1月 30th, 2012, 22:28:55


神宮前のあの交差点に。
ここ通るときいつもミューしか持ってなくてもっと画角ひろいから、
アルファで例のレンズ(何)で覗いたらこんなんでビックリした。
別にビックリすることでもなかったんだけど。
最近ほんとに視野が狭くて頭の回転が遅くていかんです。
あ、視野って、自分の視野ね、画角じゃなくて。
いや、いいのか、画角っていう言い方でも。
まあそのへんはいいや。

***

あんまりにも飽和しすぎて思考がどんどん危険なほうに行ってたので、
こんなときは、と思って整骨院に行ってきました。
それで、左手首がもう1ヶ月以上痛いし、首肩凝り酷くて眠れないよ、
と訴えたら、整体のあとで首と肩にテーピングされてしまいました。
うーん。なんだか重症。しかも高くついてしまった。あーあ。

脳内執事と戯れるブログを書いていたんですが、
去年の夏からさっぱり更新していなかったので、
執事に「お暇が頂きたい」と言われてしまいました。
あれはWordPressで運用しようかずっと悩んでいるところ。
プラモだの多肉だのを考えたら、更新頻度は問題にならないし。
しかしこれ以上ブログを増やすのかと。

これでも、心と体が元気でやる気に満ち溢れているときは、
全部のブログ更新してもまだ足りないんですけどね。
元気じゃないときに限って現状に不満を感じる。
不満があるから元気じゃないのとは、これは違うんですよね。

無題。

No comments 1月 30th, 2012, 12:11:24


私が稲城に来た頃にはもう矢野口は高架だった。
「矢野口」という駅が「高いところの駅」という認識しかなかった頃、
ふと思い立って夜中に降りてみたことがある。
その頃は今ほど明るい場所じゃなかったように思ったし、
まだ都内から出てきたばかりで、新橋に勤めていた私は、
この真っ暗な地域が東京都だということすら未だ衝撃だった。
線路に向かう道と踏み切り注意の標識は未だに残っている。
そのうちに無くなってしまうのかもしれないと思うと、
ついカメラを向けて、それでも何度も撮らずに通ってきた。
これを撮ることが、また、私の中では大きなことだった。

***

どうにも飽和してしまって、会社を休んでいる。
今の会社に入ってからは休みすぎているという自覚はあるし、
いい加減にしないといけないとは思っているけど。
ただ独りで考え事がしたい。ゆっくりと心を落ち着かせるだけの。
何の整理もつかない。自分が弱いせいだ、と思うことすら逃げでしかない。
すべて投げ出してしまいたい、と、ずっと抱き締めていたい、の狭間で。
とっくに選び終えたことを覆さなければならなかったり、
優先したかったことをいくつも後回しにしてきたけれど。

そんな想いは、どこにも通じないのだ。

インタラクション。

No comments 1月 23rd, 2012, 23:57:42


なんかどうしようもない写真が出てくる日だな。
ぎんはいま大手術中(断中)なので酷い状態でお部屋にいます。
この後お化粧も直したいししばらくかかるかもな。

私は作品というものは鑑賞者の内部で再構築されて初めて完成する、
という一定の結論を得てから、人の作品と向き合うのには必要以上に警戒していました。
その辺の話をすると長くなるのだけど。まあ。警戒していたんです。
ただ、ある人々の作品は私の警戒をいとも簡単に解いてしまって、
ああ、これこそが、アレだ、と思ったもんです。
なんかこう、私がずっと言っているアレです。
もう今はそれを説明する体力がないのではしょりますけど。
いわゆる、インタラクションです。

私はひらがなを習う前からもう文章を書きたいと願っていて、
ひらがなを習い、カタカナを知り、漢字を知ると、ひたすら書く事に没頭しました。
そして、そのことが私の人生に影を落としました。まあ、結果として今があるんですが。
でも、だから、私は生まれてこの方、誰にも文章の書き方を習ったことがありません。
小学校の頃の先生は私のことなんか相手にもしてくれませんでした。
塾の先生が教えてくれたのは問題の解き方だけです。
私の日本語は、まったくの独学で、よって立つべきところがない。
私はずっとそう思ってきました。そのことが私の一番のコンプレックスです。

私はいつからだったか、それはつい数年前ですけど、
文章をメインにして発表活動をすることを辞めました。
それは、自分の持つ劣等感に耐え切れなくなったからです。
だから、同じ理由で写真も辞めるかもしれません。
私が私を許せないのはそういうところだ。
解っているし、こうして文章にすることもできます。
でも、だからなんだというのか。それが一体なんだ。だからなんだ。

私はことばをとても大切に扱いたいと願っています。
けれど、願っているだけで、それが出来ない。そのことがとてつもなく、ツラい。

なんだかな。
最近、ある方の文章に触れて、うっかり警戒を解いてしまって、
また自分の、自分にとって許しがたい色々と向き合っているのです。
まさにこの、今私に起こっているこの現象こそが、
私がずっと口先だけで言ってきた、軽々しくことばにしてきた、アレなんです。

犬のことにしたって同じです。
私は結局、そのことが実際に自分の身に起こったらどう思うかなんて、
ちっとも想像できていなかった。口では簡単に言えますけど。
何もわかっていなかった。わかりようがなかった。
そのことを、知ったり、理解したり、飲み込んだりするのは、苦しい。

これがまさにアレだ。
でも、なんか、こんな苦痛ばっかの現象であるはずがないとも、ちょっと思う。
その辺が、かつて泥沼の底で駄々をこねていた時期とは違うところかなぁ。

今日は真白さんにちょっと手加減してもらおう……(甘いw

あの日も確か雪が降ってて。

No comments 1月 23rd, 2012, 23:08:03

銀河と白夜と涼風を代わる代わる撮っていた、個展会場。
だって外はみぞれだか大雪だかで、お客さんなんてほとんど来ないし。
それにあの個展は、はじめから一人でぼうっとするのが目的だった。
自分が前の年までに作ってきた作品を全部並べて。
その中でぼうっとしたら、何が見えてくるんだろう?
きっと、一個一個を作っているときとは、違うものが見えるはずだ。
そう思って、そして、見えてしまった、あの日。


涼風も、ぼうっとしてた(笑) なんだこの顔w

あの日以前と、あの日に見えていたものが、今は何も見えない。
もやがかかって、霧がかかって、いつか真っ白になってしまう。
雪が降って、吹雪になって、それはとてもとても冷たくて。
寒くて、寒くて、ああ、凍えそうだ。指先が痛くて。痛くて。
でも、そんな感覚でも、あるだけいいのだ。

あるうちは、まだよかったのだ。

雪を眺めながらぼんやりと思う。この雪は積もるのだろう。
私の悲しみと同じように。憎しみと同じように。傷跡と同じように。
それなら、そう思うのなら、それは、この悲しみが、憎しみが、傷跡が、
いつの日か跡形もなく消えてしまうことを、私は知ったのだ。
悲しみも傷跡も全部消える。今は信じられなくても。全部消える。

手を差し伸べる。拒絶はされない。しかし受け入れてもいない。
受け入れられていないと思うのは、私が受け入れていないからだ。
自分の弱さを認めるのは苦しい。自分を許すことは耐え難い。
しかしそれをしなければならないのだ。そのように、自分で選んだからだ。
そしてそれを選ぼうと決めたのは、まぎれもなくあの個展の日だった。

優しくないのな。と言う。
優しいさ。と、笑う。甘かぁないけど。そう、付け足して。
このやりとりが好きだな。前にも書いたけど。あるアニメの。
だから、つい言ってしまう。優しくない。
優しいさ、と、悪戯な笑みを浮かべて欲しいばかりに。
甘かぁないけど、と、冗談まじりに諭されたいばかりに。
私は、「愛」という言葉に憧れて、焦がれていて、そして、
私自身を許したくて仕方がないのだ。

あの日私が気づいて、それ以来ずっと私を苦しめているものは、そんなもんだ。