インタラクション。

No comments 1月 23rd, 2012, 23:57:42


なんかどうしようもない写真が出てくる日だな。
ぎんはいま大手術中(断中)なので酷い状態でお部屋にいます。
この後お化粧も直したいししばらくかかるかもな。

私は作品というものは鑑賞者の内部で再構築されて初めて完成する、
という一定の結論を得てから、人の作品と向き合うのには必要以上に警戒していました。
その辺の話をすると長くなるのだけど。まあ。警戒していたんです。
ただ、ある人々の作品は私の警戒をいとも簡単に解いてしまって、
ああ、これこそが、アレだ、と思ったもんです。
なんかこう、私がずっと言っているアレです。
もう今はそれを説明する体力がないのではしょりますけど。
いわゆる、インタラクションです。

私はひらがなを習う前からもう文章を書きたいと願っていて、
ひらがなを習い、カタカナを知り、漢字を知ると、ひたすら書く事に没頭しました。
そして、そのことが私の人生に影を落としました。まあ、結果として今があるんですが。
でも、だから、私は生まれてこの方、誰にも文章の書き方を習ったことがありません。
小学校の頃の先生は私のことなんか相手にもしてくれませんでした。
塾の先生が教えてくれたのは問題の解き方だけです。
私の日本語は、まったくの独学で、よって立つべきところがない。
私はずっとそう思ってきました。そのことが私の一番のコンプレックスです。

私はいつからだったか、それはつい数年前ですけど、
文章をメインにして発表活動をすることを辞めました。
それは、自分の持つ劣等感に耐え切れなくなったからです。
だから、同じ理由で写真も辞めるかもしれません。
私が私を許せないのはそういうところだ。
解っているし、こうして文章にすることもできます。
でも、だからなんだというのか。それが一体なんだ。だからなんだ。

私はことばをとても大切に扱いたいと願っています。
けれど、願っているだけで、それが出来ない。そのことがとてつもなく、ツラい。

なんだかな。
最近、ある方の文章に触れて、うっかり警戒を解いてしまって、
また自分の、自分にとって許しがたい色々と向き合っているのです。
まさにこの、今私に起こっているこの現象こそが、
私がずっと口先だけで言ってきた、軽々しくことばにしてきた、アレなんです。

犬のことにしたって同じです。
私は結局、そのことが実際に自分の身に起こったらどう思うかなんて、
ちっとも想像できていなかった。口では簡単に言えますけど。
何もわかっていなかった。わかりようがなかった。
そのことを、知ったり、理解したり、飲み込んだりするのは、苦しい。

これがまさにアレだ。
でも、なんか、こんな苦痛ばっかの現象であるはずがないとも、ちょっと思う。
その辺が、かつて泥沼の底で駄々をこねていた時期とは違うところかなぁ。

今日は真白さんにちょっと手加減してもらおう……(甘いw

あの日も確か雪が降ってて。

No comments 1月 23rd, 2012, 23:08:03

銀河と白夜と涼風を代わる代わる撮っていた、個展会場。
だって外はみぞれだか大雪だかで、お客さんなんてほとんど来ないし。
それにあの個展は、はじめから一人でぼうっとするのが目的だった。
自分が前の年までに作ってきた作品を全部並べて。
その中でぼうっとしたら、何が見えてくるんだろう?
きっと、一個一個を作っているときとは、違うものが見えるはずだ。
そう思って、そして、見えてしまった、あの日。


涼風も、ぼうっとしてた(笑) なんだこの顔w

あの日以前と、あの日に見えていたものが、今は何も見えない。
もやがかかって、霧がかかって、いつか真っ白になってしまう。
雪が降って、吹雪になって、それはとてもとても冷たくて。
寒くて、寒くて、ああ、凍えそうだ。指先が痛くて。痛くて。
でも、そんな感覚でも、あるだけいいのだ。

あるうちは、まだよかったのだ。

雪を眺めながらぼんやりと思う。この雪は積もるのだろう。
私の悲しみと同じように。憎しみと同じように。傷跡と同じように。
それなら、そう思うのなら、それは、この悲しみが、憎しみが、傷跡が、
いつの日か跡形もなく消えてしまうことを、私は知ったのだ。
悲しみも傷跡も全部消える。今は信じられなくても。全部消える。

手を差し伸べる。拒絶はされない。しかし受け入れてもいない。
受け入れられていないと思うのは、私が受け入れていないからだ。
自分の弱さを認めるのは苦しい。自分を許すことは耐え難い。
しかしそれをしなければならないのだ。そのように、自分で選んだからだ。
そしてそれを選ぼうと決めたのは、まぎれもなくあの個展の日だった。

優しくないのな。と言う。
優しいさ。と、笑う。甘かぁないけど。そう、付け足して。
このやりとりが好きだな。前にも書いたけど。あるアニメの。
だから、つい言ってしまう。優しくない。
優しいさ、と、悪戯な笑みを浮かべて欲しいばかりに。
甘かぁないけど、と、冗談まじりに諭されたいばかりに。
私は、「愛」という言葉に憧れて、焦がれていて、そして、
私自身を許したくて仕方がないのだ。

あの日私が気づいて、それ以来ずっと私を苦しめているものは、そんなもんだ。

Basic Things

No comments 1月 23rd, 2012, 01:03:13


体調も精神状態も低空飛行で、いつ墜落してもおかしくない状態。
ここんとこずっと部屋の換気をしていなかったことにすら、今日の午後に気づいた。
空気の淀みには敏感なはずで、冬場でもしょっちゅう窓を開けていたのに。
ずっと気をつけてやろうとしていた、整理整頓も、掃除も、全部ハンパなまま。
投げ出して、放り出している。
ただ、棚の上に放置していた真白と翠を、寝床に下ろして毎日向き合っている。
もちろん私の今後の作品を作っていくためには、私は及ばない。
しかし目を背けているだけでは何も変わらないのだ。

自分の様子がおかしいことには、気づいていた。
常備薬の安定剤の減りが早くて、体中の筋肉が常に緊張している。
いや、もちろん筋肉が緊張してるのは寒さと運動不足もあるのだけど。

こんな焦燥をめいっぱい抱えたままで書類にサインをして捺印をしようと、
机の上を片付けて姿勢をただし、写経をするときのように筆をとったのに、
結局、予備でもらった2枚とも書き損じてしまった。
ごめんなさい、また貰って来ます……。

真白は私の心の奥底から、私が見たくもない私の醜い心を引きずり出すことにご執心だ。
彼女との距離を開けていたのはそれが原因だった。それが怖かった。
翠は、その傍らに居てただ静かに微笑んでいる。瞳の抱擁だ。
私は翠の心を開け放ちたい。あるいは、こっそりと忍び込みたい。
真白と翠と私の間には、時折殺気すら立ち上る。
私達は本当に長い間こうして会話をするためのネタを仕込みつつ、
そろって会話ができるまで虎視眈々と待っていたのだ。
誰一人手加減できるものは居ない。

この人形達とのやりとりは、人形達の写真で表現できるもなのか。
それはある時期は私にとって重要だったけれど、
今となってはさほど大事なことでもない。

いったいこれから何をしたい?
写真で食べていくために写真家になる?
展示会を重ねて、先生と呼ばれれば満足?
ちょっとの駄文が万が一売り物になって、
その印税で生活ができるようになればそれは素敵?
否。私はもう創作で生きて行こうとは思わない。

私に今必要なことは、創作をする時間だとかお金だとか、
それをするための非正規雇用の仕事なんかもあるけど、
それ以上のものがある。生半可ではできないことだ。
私はまずそれをするための環境と習慣を(自室でね)作らなければ。
でもその手段すらまだわからない。それでも今は考えるんだ。

私がさまざまなことを許すことができずに憎んで恨んでいるのは、
自分自身を許さず憎み恨んでいるからだ。
もしも自分をこの憎悪から開放できたら、許せたら、
もしかしたら世界は見たこともない色を見せるのかもしれない。
でも今の私は疑心暗鬼と懐疑心で生きている。
そして「私がそうならなければいけなかった原因」をなんども蒸し返す。
しかしそれは、そのときに本当に辛かったと真摯に伝えなかったのが悪いし、
それを告げて軽くあしらわれる程度の人間でしかなかったことが悪い。
私は、家族の中で、社会の中で、自分自身の中で、
どのように生きることが正しく、正しいように思われているのかを、
いつでも考えていた。
だから写真一枚撮るのにも、どう撮るべきなのか、が先行して、
自分の撮りたい絵などほとんど撮ったことがない。今もそうだ。
ときどき、わたしはそれを許して、撮りたい絵は撮れ、と自分に命じる。
そうでもしなければ、続けることもできない創作活動だ。
いっそやめたほうのが楽になる。きっと生きては行けないけれど。

許すことができない。
私のすべての存在を、許すことができない。
このかたくなな思いに、鵜川はただぽつりと言う。

お前には幸せになって欲しい。お前が幸せだと俺たちも幸せだ。
だけど、お前の幸せと俺たちの幸せは、全く別のものだ。
それは、お前の人生と俺たちの人生が、もう二度と交差しないことを意味する。
俺たちは平行のまま互いの命を終える。その後のことはわからない。
だが平行にいるからこそ、お前の今の不幸も、苦痛も理解できる。
幸福になるのはおまえ自身だ、他の人間がとやかく言えるものではない。
たとえ誰かがお前を不幸にしようとしても、わかるな。
不幸になるのもまたおまえ自身だ。おまえ自身が選ぶことだ。
人の悪意なんてものは、本来、どうってことのないものだ。
悪意によって傷つくのは、お前が癒しかけてきた傷を無遠慮に引き裂くからだ。
だからお前はそういうものから身を守らないとならない。
自分自身で。
その一番の力を身につけることは、自分を許すことだ。

俺たちはお前の幸せの手伝いなどはできない。
俺たちは俺たちの人生がある。そっちを全うする。
だからお前もそうしないとならない。だってあのとき、死ななかったんだろう。
あれで死ななかったなら、そのときに覚悟はできたはずだ。

甘ったれるな。惑わされるな。中核だけを見つめていれば決して迷わない。

無理難題ばかり。そこが愛おしい。
たまりかねて説教しにわざわざ出てきてくれたんだろうから、
ちょっとは立ち直っていかないとねぇ。

喫茶店で考え事。

No comments 1月 22nd, 2012, 16:58:45


悲しい目をしている。あまりにも悲しい。
この男と居ると世界のすべてが悲哀を帯びて見えるようだ。
別に不幸な境遇でもない。
両親は亡くしているが、独立した後のことだし理由も真っ当だった。
学歴が高く、金にも女にも不自由しているようには見えない。
病弱なところはあったが、別に命に関わるものでもない。
朝日は、目の前でコーヒーをかきまぜている圭吾を観察して、
ああ、やはり今日も悲しい、と思った。
悲しげである、とか、かわいそうだ、という表現は合わなかった。
「悲しい」のである。

バーカウンターの奥でバリスタがせわしなく働いている。
カウンター席に座った若い男女が肩を寄せながら微笑み合っており、
それを眺めながらタバコを吸っている老紳士がいる。
地下にある喫茶店は、観光地の喧騒から離れて一息つくのにちょうどいい。
テーブル席では、大きな荷物を持った女性のグループが話に花を咲かせていた。
微笑ましい、休日の午後の喫茶店。
しかし、この空間に圭吾が居るというだけで、どうしようもなく悲しかった。

っていう話をぼんやりと考えながら、年明けの鎌倉で歩きつかれて、
「茶豆みにこむ」という喫茶店のコーヒーとケーキを頂きました。
朝日と圭吾はいつも何か、どこかでコーヒーを飲んでるんですけど、
いつもどこかでコーヒーを飲んでるだけだからさっぱりお話になりません。
でもその風景を書き続けたら何かのお話になるのかなあ。
人生ってそういうもんなんだよな、なんて、思ったもんです。
こういうのもまあ、いいんだけど。
こういうのを書きすぎると、話にオチをつける能力がなくなるんですよね。
もともとないんですけど。まとめたり、落としたり、できないのはよくない。
ところで、私は銀座という街が心の底からきらいなので、
不穏な雰囲気とかいやな感じとか悪い予感を出したいときに、
登場人物を銀座のカフェで待たせてみることがあります。
いや、きらいというか、憎んでいるといってもいい。
結局私がその様子を描写するのに耐え切れなくなって、
書くのをやめちゃうんですけど。
そうやって書けてないお話もたくさんあるなぁ。
ここのところ体調が悪くて引きこもっていますが、
また居心地の良いカフェを開拓しに出掛けたいですね。
鎌倉は特に、なまえは知っていても入ったことのないお店がたくさんあるので、
またゆっくりできるときに行きたいと思います。
茶房雲母さんも、この前偶然通りがかって……疲れ果てていなければあんみつ食べたのになー。

サイトを通常運転に戻しました。

No comments 1月 19th, 2012, 21:23:49

決して愛犬捜索を打ち切ったわけではありません。
サイト内であちこちに話題が分散してしまうのを防ぐため、
愛犬捜索関連の話題を専用ブログに切り出し
サイト自体は通常運転に戻しました。

家族の中でWEB上にサイトを持っているのが私だけだったため、
このサイト上でお知らせをしたまでで、
このサイト自体は愛犬捜索のために立ち上げたものではありません。
何しろバタバタとしていて何も追いつかずでしたが、
なんとかブログの設置と整備ができましたので、
今後捜索の話題はそちらに集約させて頂きたく思います。
ご理解をよろしくお願い申し上げます。

おさむうございます。

No comments 1月 18th, 2012, 23:59:06


ナナさんもマフラーまいちゃうよ。
ところでこの子はずっと人造人間17号っぽいなと思ってたんですけど、
実際に手にとって見てみたり写真撮ってみるとますますそれっぽくて、
それゆえにナナさんって呼んでます。似てるよね。かわいい。

いやはや、最近寒いですね。
とくに昨日がすんごくアレでしたが、
気象情報見ると、稲城市は昨日の朝がた氷点下になったんですね。
まあ、3時ごろ寒さで目が覚めましたもんね……(暖房レス生活中)
ベランダの多肉植物は怖くてまだ様子見てません。
屋内退避させとくべきだったか……。
ハオルチアが凍ったんじゃないかと心配しとります。
なんか、雅楽の舞だけはちょっと弱ってきちゃったんで中に入れたんですけどね。
多肉ブログもぜんぜん更新してなくてそろそろ書きたいです。
虹の玉さんとオーロラさんがいま真っ赤になってます。
他の子も紅葉中。

ところで上の写真、佐助稲荷ちかくのカフェレストランでパスタ食べたときのです。
パスタほとんど写ってないけど。
年末あたりからずっとパスタだのピッツァだのイタリアだのにかぶれてます(笑)
「食べて祈って恋をして」って映画にハマッたのが原因なんだけど、
まあそれ以前から「リストランテ・パラディーゾ」にハマッてたので、
イタリアにかぶれてる期間は割りと長いw
「食べて祈って恋をして」はDVDだけでは飽き足らず、原作本も買いました。
英語ですがさほど難解でないので読みやすくてよいです。

洋書は「朗読者」を読んで以来2冊目ですが、「朗読者」も平易な英語で読みやすかったです。
日本語の小説はもちろん日本語なりの色気がありますが、
英語の小説もまた英語なりの色気があって良いですね。
でも母国語じゃないので、やはり読むのはゆっくり。
その分長く楽しめる、と前向きに考えてますw

それにしても、洋書のペーパーバックはいい紙だなー!(また紙の話(笑))
いや、もちろん質的にはぜんぜん良くないんですけどね!でも良いですよね!
そういえば、わら半紙ってまだあるんですかねー。
昨今の小中学校は上質なPPCとか使ってんじゃないかと思っちゃいますが。
もしまだあるならまたわら半紙に印刷したプリントとか触りたいです。

あれ、何の話だっけ。

本筋は本筋として…。

No comments 1月 16th, 2012, 23:48:37

起こってしまったことは起こってしまったこととして、本筋は本筋として。
愛犬の捜索をいい加減にするつもりはないですが、
こんな形で本活動を辞めてしまうわけにもいきません。
もちろん、継続には疑問や懐疑心を抱いていたところではありますが、
だからといって納得のいかないまま中断してフェイドアウトもできません。
愛犬捜索の記事をきっかけにこちらのブログを訪れた方には、
もしかしたら冷酷な態度に映るかもしれないと恐れていますが、
ともかく、メインブログからは話題を切り出しました。
今後、愛犬捜索の記事は【こちら】に書きます。


正月に撮った奏さん。
やっぱ髪の毛が豊かだから頭に何か着けないとバランス悪くなるな。
それは静さんにも言えるのだけど、このレディース二人は撮るの難しいです。

髪の毛といえば、いまは猫目のぎんさんのヘッドに植毛しています。
布団針を使うなんて書いてあったんだけど、それだと穴が大きくなりすぎないかなと疑問。
先日ボークスに行ったら植毛針なんてのが売ってましたが……。
……ソフビヘッドなら厚布用の針で十分ですよ……。
ボークスの植毛ヘッドは硬いのかしら? なんか特別なのかもしれません。
ともかくオビツヘッドは厚布用の針で十分通ります。
必要不可欠なのは特別な針より糸通しだと思う……。
髪の毛10本ぐらいを針穴に通すには、丸腰では太刀打ちできませぬよ……。
もしかして布団針だの植毛針だのは、針穴が特別な感じになっているのか?
そんなにお金かける気になれないのでよく解らないですが、もしかしたらそうなのかも。
しかし、生きている間にこんなにも糸通しが必要になる日がこようとは思いませんでしたよ。
あの横顔って誰なんだろうか。
誰でもないのか。

考え事はたくさんあったはずなんですけど、戻るまでには時間がかかりそう。
戻るまでにはというより、ケントのことと同時進行できるまでには、と言うべきか。
パンクはしても、崩壊はしないように気をつけます。

いやしかし、困ったな。

「日常」の喪失。

2 comments 1月 10th, 2012, 23:41:39


昨日、分倍河原をぶらぶらと散歩しました。
結局寒さに耐え切れずウィンドジャマーズさんに飛び込んで、
バイク見せていただいたり跨らせていただいたりしてしまった……。
良い気分転換になりました。ありがとうございました。

***

日常の風景は、ある日突然その姿を変える。
そのことを忘れかけていた時期でもあった。
家族が父の死からようやく少しずつ前を向き始めていて、
ようやく安心して「日常」を暮らせると思った矢先、
そのスキを容赦なく突かれた形となってしまった。

父が亡くなって4年。
その間ずっと家族を支え続けてくれていたケントの誘拐。
「うちに限って」
「まさかそんなことが起こるなんて」
「今まで大丈夫だったから」
そんなことは絶対にありえない。
悪意は常にどこにでもいて、油断やスキが生じるのを虎視眈々と狙っている。
そのことを一瞬でも忘れるべきではなかったのだ。

***

今はともかく彼が無事帰ることが最優先と思い、
家族が一丸となって動くしかありません。
そんな中、私の呼びかけに答えて下さっている皆々様には、
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

ちょうど先日、リアルファー関連の話で長文を書いたばかりでこの事件。
長いことずっと抱いていた迷いが少し吹っ切れた思いです。
まだまだ動物を取り巻く状況をどうにかしよう、と動き出すには、
考えなければならないことや勉強しなければならないことが山積み。
ともかく、今はケントの捜索に集中したいと思っています。

今後とも、ご協力をどうぞよろしくお願い申し上げます。

【愛犬】ケント捜索状況報告【盗難】

4 comments 1月 8th, 2012, 20:04:13

リンク消してしまっていました。すみません。
ケントの捜索に関する記事は【愛犬】ケント捜索【盗難】に移動しました。
それにともない、こちらの記事でのコメントの受付はクローズいたします。
よろしくお願いいたします。

2012年1月8日 16時過ぎごろ
足立区梅島のビッグエー前で、実家の愛犬が盗まれました。
母が店の前の自転車に犬をおいて、買い物をしている最中だったとのこと。
目撃者の話によると、盗んだのは自転車に乗った男性で、
ビッグエーから梅島駅方面に行ったとのことです。


大きな地図で見る

↑盗まれた現場です。画面奥が梅島駅方面です。

犬は、写真のトイプードル。4歳のオスで、去勢していません。
名前は「ケント」です。

この写真は年末に撮影したものです。
この写真の洋服を着ていたそうですが、脱がされているかもしれません。
足が長く、尻尾は短いです。
おとなしく無駄吠えしません。
室内でトイレをすることができないので、トイレのたびに外に連れ出していました。
年末に腸炎で寝込んでいるので体調が心配です。
マイクロチップ、刺青などはいれていません。

警察、保健所、清掃局などにはすでに届出済みです。

2012.01.10
ポスターを作成しました。
掲示ご協力頂ける方いらっしゃいましたらお願いいたします。
PDF形式
JPEG形式

続報ありしだい、お知らせします。

行き先。

No comments 1月 6th, 2012, 23:41:41


私は未だ奔流に飲まれたまま、この流れの正体も、行き着く先もまるで解らない。
正体不明の怒りや悲しみや恨みに苛まれて、幸福を自ら遠ざけているかのようだ。
それは、私が自分自身から目を背けている証であり、
自分自身と向き合うことを放棄している証拠でもある。
悔い改めねばならない。そのために私は深呼吸をする。

こころの奥底から滲み出てくるような苦痛は、
魂の中核にまで暗くその影を落とし、シミを作る。
それはことあるごとに、胸の奥にある擦過傷をこすりあげ、
その傷を疼かせてみたり、新たな傷を作ってみたりする。
今は、ただその傷が大きく広がっていくのを眺めながら、
痛みに打ち震えることしか私にはできない。

ただうずくまって声を押し殺しながら泣く日々が続いている。

道端に座り込み、冷え切った両手を押し揉んでいると、
不意に傍に立った人物が、私を蹴るような仕草をした。
私は顔を上げなかったけれど、彼だ、と解っていた。
それと同じほどの確信をもって、私は、
この私の苦痛が、永劫に思えるほどの時間を経たのちに、
きっと跡形もなく消えてしまうだろう、と思った。
彼は、そして音もなく去っていき、私は立ち上がった。

行く先の見えぬ旅は、終わることがない。