銀座鬱。

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銀座は嫌いだ。ここにいると頭が痛くなる。
できれば一秒も居たくない。
それなのに、この場所に行かなければならない用事は多い。
頭が痛くて、吐き気がして、冷や汗が出る。
呼吸が苦しくて、座り込んでしまいたいのに、
そうしてしまえばもう立ち上がれなくなってしまうから、
顔をあげて、無理にでも胸を張って、早足で歩く。

この場所に居るときの自分も嫌いだ。
虚勢を張って、すぐに露呈するウソを隠してるみたいに、
逃げ腰のまま肩をいからせて、胸を張ったつもりでいる。
泣き出してしまいたいくせに、怒ったような目つきで、
のっぺらぼうの顔に、娼婦みたいな笑顔をペイントしてる。
高いヒールで歩道を鳴らしながら、威嚇するみたいに歩く。
馬鹿馬鹿しい。とんでもない阿呆になった気分だ。

いつだって、自分のことが一番嫌いだ。
こんなんだから、他の誰のことを好きだと言おうと、
それは口先だけのウソだとケンさんは言う。
ウソじゃないんだよ。ただ、口先だけというのは本当だ。
なぜなら、好きになりたいという、これは願望だから。
いつだって、一番許せないのは自分自身だ。
他の誰のことを憎もうと、恨もうと、そんなことに意味は無い。
許せないのは自分。許したいのも自分。すごく難しいよ。
自分のことも許せないのに、どうやって他人を受け入れようというんだろう。
でも私は性懲りもなく恋に落ちるし、誰かを求めてしまう。
そのたびに罪悪感と戦わなきゃならない。さっさと許せれば楽なのに。
いや、わからんけど。自分を許せたからって楽になれるとも限らんけど。

《愛》という言葉に憧れる。
まるでクリスマスイルミネーション。暖色系の、またたくヤツ。
とろとろのチョコレートフォンデュ。甘いマシュマロ。
カラフルなマカロン。あたたかいふわふわのセーター。
そんな風に、私とは決定的に隔たったものとして憧れている。

やっぱり、一度リストカットをしてしまうと、どんどん鬱に逆戻り。
だからほんとに、あんなことはやるべきじゃない。めんどくさい。
またやり直しだ。相当まえの時点から。同じことを何度も、何度も。
意味のわからないことで何日も泣き続けなきゃならない。
ちくしょう、二度とやるもんか。
こんな状態で銀座になんか行ったから、帰ってからちょっと放心してた。
こんなときに、誰かに傍にいてほしいなんて思ってしまう。
バカみたいだ。もっとしっかり立てるようにならんとな……。

せめて普通に一人で銀座に行って帰って来られる程度にはなりたいもんです。
よっぽどずっと傷ついた顔をしてたみたいで、
今日夕方まで一緒に居てくれたケンさんは、私の顔を見ては爆笑してましたよ。
ほっとけ。

自傷癖は「クセ」だから。

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某チャリティで査収したオバケは、うちでダラダラしています。
ハロウィンも終わったしね。

つい先日、リストカットなんかもうやめましたし、とか書いたのに、
先週ブチ切れて左腕をシマシマにしてシマウマ。うーん、痒い。
翌日、ウシロノヒトと先代ウシロノヒトに、やらかしました、と白状して、
ウシロノヒトには叱られ、先代には泣かれ、良いことなんか一個もないと再確認。
この傷が消えるまで何とか隠し通したかった人にもうっかり見せることになってしまって、
「バレなきゃいい」は自分が一番嫌っていることなのになっていう自己嫌悪で泣きました。

自傷癖ってのは、クセなので、うつ病ほどはなおらないんだと。
不眠症が治って、うつ状態が軽くなって、自殺願望が消えても、
それでも最後の最後まで自傷癖っていうのは残ってしまうんだと。
このクセを直すには、考え方を矯正していかなきゃいけないし、
あの激しい衝動を抑えるすべを身につけなきゃいけない。
どんなにうつ状態がマシになって、断薬が続けられていても、
一発自傷行為をしたら最後、ズルズルとうつ状態に戻ってしまう。
これはアルコール中毒とか薬物中毒と全く同じ状態で、
自傷行為にも常習性と依存性があるので、生半可では抜けられない。
わかっちゃいるけどやめられない。
アイロニカルな没入ってやつだな……。
大澤先生の新刊まだ読んでないけど……。

自分を粗末にすることは他者を粗末にすること。
自分を攻撃することは他者を攻撃すること。
自分の価値を認めないことは他者の価値を認めないこと。

ウシロノヒトに30回書き取りなさいと言われる……。ハイ。
ほんっとに、自傷行為なんかしたって何のメリットもないですよ。
ないんだけど、1回覚えてしまって習慣になってしまって癖になってしまうと、
ほんとにこれ「ただのクセ」として身についてしまうんです。
何でやるのかとか、辛いことがあったのかとか、そんなの一切関係なく、
歯を磨くみたいに、風呂に入るみたいに、トイレ行くみたいに、やっちゃう。

だからね、絶対にこんなこと覚えたらいかんのです。
やってる最中は案外ぜんぜん痛くないとかいうことだけでも実体験として覚えちゃうと、
痛くないからぜんぜん刃物が怖くなくなっちゃって、
自分の腕を切ることが異常だなんてカケラも思わなくなります。
やっちゃだめっていうより、やったって何も良いこと無いからやるべきじゃないんです。
ただ自分や他の誰かが気まずくなるだけだし、銭湯にも行けなくなるし、
自分をいたわれなくなるから、自分の身すら満足に守れなくなります。
自分の身を自分で守るのは、生きていくうえで最低限のことなんですよ。
それが出来なかったら社会生活できんのです。
自分で自分の体を傷つけるっていうのは、自分の命を放り出すっていうことは、
非常に未熟で幼稚なことだと私は思います。
そう思ってても、やっちまうんです。これが自傷癖ってもんです。
要するに、本当にただのクセで、中毒になってるわけです。

ウシロノヒトに言われたことには、
「明らかにもう限界超えてるのに、
それ以上はダメってラインすら意気揚々と飛び越えていくから、
まあこんなことになるんじゃないかとは思ってたんだけど」
「自分の限界の限界をきちんと見定めて自分を守れないんだったら、
この先どんなに他の誰かがお前を守ろうとしても無駄ってことですよ」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしてくださいよ」
もう返す言葉もございません。はい。

東京展向け制作が佳境です。

東京展ではこれを出そう、って、思っていた作品とは、
ぜんぜんまったく違うものが出来てしまって途方に暮れる盆休み。
データも入稿しちゃいました。もう後には引けない。うーん。

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↑ボツ。っていうか、テスト中のヒトコマ……。

ぎんさんとか静さんとか、髪の毛白い子が東京展チームだったんですがね。
よりによって銀河かよ、みたいな……。名前が銀だけど……。
でもあんたの銀はそういう銀じゃないでしょ、っていう……。
いや別にこのひとのことが嫌いなわけじゃないんだけど、
こんな風にオモテに出てくるようなひとじゃなかったじゃんっていうか。
いまサイトのTOPもこのひとなんだよなあって。解せない感じです。

って、私はバックグラウンドを知ってるからそう思うだけですけど。
まあ確かに、他の二人(トリオの一人です)に比べたら、
若干わたしの思い入れはこのひとに対して強いのかもしれないなあ。
なんつーか、一番自分に近いような気がするのよね……。

そんなわけで、もうしばらくモロモロやることはありますが、
ひとまずデータ入稿できたのでこの辺でひと段落。
東京展のご案内はまたのちほど致します。

いやー、それにしても、マクロレンズにカビ!!!っていう事態から、
なんとか復活できてよかったですよ……。
これね、私がマクロレンズこれから新調する金なんか!!!って騒いでたら、
「レンズが買えないならフィルターつければいいじゃない!!!」って……。
ウシロノヒトよ、あんた時々すごいよな……。マクロフィルターね……。
私の目にかかってた「レンズ買わなきゃフィルター」がポロリと落ちました。
どうしようもないレンズだけど、標準レンズ一本生き残っててほんとう良かった。
しばらくは、この即席マクロで乗り切れそう。
っていうか、むしろマクロレンズはもう買わなくていいかな、とか思ってる(;´ー`)

火を囲むということ。 #線香花火ナイト

今日は LIGHT UP NIPPON と、希望の光プロジェクトの線香花火ナイト開催の日でしたね。

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風が強くてろうそくの火はすぐ消えちゃうし、
火球はすぐ落ちちゃうし、指はカラフルになっちゃうし、
ウシロノヒトと大騒ぎしながらの線香花火ナイトでした(笑)

線香花火ナイトは、線香花火を灯して震災や防災を語り継ごう、
語り継ぐ風習を作ろう、という趣旨のものです。
正直なところ、風習作りっていうのは難しいと思います。
こういう運動を白い目で見る人たちもいるでしょう。
そんなことして一体何になるの? 何の為にやるの?
そういう意見も強く、多くあるでしょう。
てか、そもそも私自身もこういう活動に対しては懐疑的です。

ただ、1年に1回でも、線香花火に火をつけようという試みには賛成です。
その線香花火を囲んで語り合おうという試みには大賛成です。
それが震災のことであろうとなかろうと、
防災のことであろうとなかろうと、
ともかく火を囲むということが大事だと思います。
それが家族だろうと、地域の人々であろうと、
学校の仲間だろうと、恋人同士であろうと、何でも良いと思うんです。
むしろ他の誰かと一緒でなくとも、一人でだって良いんじゃないかと。
厳密に言えば一人で居たって一人じゃないわけですから。
(なんで一人じゃないのかって話しは長くなるから割愛)

火を囲んで話す時間は大事。
それを1年に1回でも持つことは必要だと思います。
火を囲んで話すというのは、コミュニティの基本だと思うんです。
囲炉裏しかり、キャンプファイヤーしかり、
茶室の炉もそうですよね。
そういう時間は、どうしても必要だと思います。
細かい大事なことが何も言えてないから強引になってるけど(笑)
もうこの辺の細かい話しは何かの機会にどこかに書きますね……。
私がわざわざ書くまでもないとは思うんですけど。

それにしても、手持ち花火なんて何年ぶりだったか。
調子に乗って蛇玉も買っちゃったけど、
風が強くて危なそうだったのでやめましたw
こんど実家帰るときにでも持って帰ってやろうかな。
追加で手持ち花火買って帰ってもいいかな。

モールぐるぐるぅ

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ねこといぬ。
キットのやつなのでまったくの練習ですが。
あとねこ2匹といぬ1匹ぶんだけ練習したら、
本番用の材料仕入れて自分のレシピでぐるぐるしないとなりません。
うーん、まあ、なんとかなるなる。

展示用作品で人形と一緒に写るねこが必要で、
はじめはリアル猫を撮ってきてあれこれしようと目論んでたんですが、
どーにもリアル猫を撮るセンスが皆無でして……。
あと、3代目ウシロノヒトに初ダメ出しを食らったのもあり。
本物の猫撮ってあれこれしたって意味ねえだろ、みたいな……。
そりゃそうだ。どうして人形撮ってるのか考えないとねぇ。
人形撮ってるけど人形撮ってるわけじゃないってことも思い出さないとね。
なんかどうも最近自分を見失いがちでいけません。あっちこっちで。
そろそろ1回落ち着きたいです。うーん。

そんなこともあって、自分のルーツをもう一回見つめ直そうと思って、
最近また図書館で死体の本ばっか読んでます。
自宅の本棚にも数冊増える予定なんですが、
それがまた3代目には不可解だったらしく。
いろいろ話すうちに、どうして自分のルーツに死体があるのか、
整理するいい機会になって助かりました。なるほどなーって。
まあその辺は、また今度機会があったらお話します。
Twitterでだいぶ話したけども。

そしたら、昨日実家に帰る途中、日暮里で人身事故に遭遇しましてね。
人身事故で電車が止まってるところに遭遇するのはよくあるんですが、
まあ、いままさにね、そこでね、っていう……。
その瞬間を見たわけじゃーないけど、やっぱ精神的に堪えました。
いやー、ああいう場所でのブルーシートは初めて見ましたわ……。
なんか、靴とカバンが揃えて置いてあったとかいうし、
土曜日のあの時間帯の日暮里は、京浜東北線快速は通過するんですよねぇ。
計画的自殺なんじゃないかって言われてしまうのも無理からぬことだし、
小さい子も乗ってるし、京浜東北線が止まると山手線にも影響するし、
「ご冥福とかそういう問題じゃない」って言われてしまうのもね……。

なーんて。
前日に死体の話しばっかりしてたので、
なんとなくちょっとばつが悪い思いをしてしまいました。
別に関係ないに決まってるんだけどさ。なんかさ。
タイミングっていうかさ。ねぇ。あるじゃない。

世知辛いねぇ。

はぴはぴばーすで

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レイトショーの「黒執事」を見ながら誕生日を迎えました。
結局5回観に行ったよ。病気の域ですねぇ……(水嶋口調)

TOHOシネマズとシネマシティが昨日のレイトで公開終了だったので、
たぶん劇場は昨日で終了だったんじゃないかと思うんですが、
美味しい映画をありがとうございました。ごちそうさまでした。
どこがツボでこんなに何度も観に行ってしまったかと、
挙げたらキリがないので挙げないですけど、作品として本当に素晴らしかったです。
2月はほぼまるっと悪魔に取り憑かれたまま終わりました。

悪魔に取り憑かれ月間のおかげで、色々と覚悟が決まったり、
いままで「これでいい」と思ってたものがダメだと気付いたり、
いままで自分の精一杯だと思ってたことが、まだまだだと知ったり、
さて、もうこれからは創作で弱音吐けないぞっと。

まあ、創作以外のところにも問題は山積してるけど、
そのうちなんとかなるんじゃないかな。
どっちの方向に「なんとかなる」のかはわからんけどね。

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ウシロノヒトに STABILO のシャープナー買ってもらった。財布は私だが。
おしりからえんぴつさしてぐるぐるするんだって(白目)
ありがとよ。

ぼんやりとしたあたまで。

かげろうの家 女子高生監禁殺人事件 (追跡ルポルタージュ シリーズ「少年たちの未来」2)

アルコール依存症の夫を持った妻は、いつもアルコールを飲んでいる夫の姿を見ていると、
「肝臓を壊すのではないだろうか」など、夫の健康のことが気になって落ち着かない。
それが何年も続くと、イライラしてストレスがたまってくるので、
妻は自分の身を守るために、夫が酒を飲んでいる姿を見ても、
「あれは飲んでいないのだ」と自分に言い聞かせて安心感を得るようになる。
つまり事実を否定・否認する態度を身につけていく。
これが五年、十年と続いていくと、夫の酒だけにとどまらず、
否定・否認があらゆる面に拡大して、家の中で起こっている事象を無視する態度が身についてしまう。
つまり見えるものが見えない。聞こえるものが聞こえない。
あるものがない……という不思議な世界にはまっていくというのだ。

上記は少し長くなったけれど、あとがきからの引用。
「アルコール依存症」については、手がブルブル震えたり道端で寝てしまうようなイメージは古い「アル中」の受け止め方で、
現在では「アルコールに依存するか、しないか」がともかく問題だそうだ。
「今日は飲むまい」と決めていても、つい手を出してしまう、
飲まずにいられない、という状態がアルコールへの依存状態。
そういう状態に陥るに至る経緯や、とりまく状況、本人の考え方や性質などは、そりゃ、まああるんだろうけど。

「ちょっとこの本のここをお読みなさい」と、ウシロノヒトに差し出されたので、ハイキヲツケマス、と受け取ったのが夕方ごろ。
読んだのはさっき。だってそこ何書いてあるかわかってるもん、線引いてるし。
でも、こういうストレス回避のしかたは、もうかなり身に付いてしまっているから危険かもしれない。
こういう境地に至ってしまったら、それこそ創作とか考え事してる身としては致命的……。
いや、もう至りつつあるか……。

どうしようもない状況ならなおさら、否認とか否定に走らないでどうにか対峙できるようにならんといけないのかね?
だとしたら、ほんとに、それこそ真正面から受け止めないで、受け流していくしかないんだろうか。
それはもちろん、こういう問題だけじゃなくて、ぜんぶのストレスに対していえることかもしれないけど。
ほんとに、滝行でもするしかないんじゃないだろうか。まじで。

ウシロに本を渡される前、そんなことを考えながらちょっと昼寝をしていた。
投げ出していた手をぎゅっと誰かに握られた気がして握り返したんだけど、
握られたときにはたしかに感触があったのに、握り返した瞬間ふっと消えてしまって、
久方ぶりに「寂しい」っていう感情が芽生えて泣きながら目を覚ましたよ。
昼寝にしては寝すぎたのかもしれない。

孤独カードゲームとふせん地獄


オニリム、面白いよ。ルール難しいけど奥深い。
基本ルールだけでも十分難しくて面白いんだけど、
これは初めから拡張ルールが3つ用意されてるからな。
まだまだ基本ルールで遊ぶのが精一杯だけど、
それで物足りなくなってもまだまだ遊べるぞってゆー。
ルール間違えずに処理できるようになったらオニリム配信するつもりです。
わーい。そんなことより作業はどうしたよってな!
留守にしますって言ってたTwitterにもなんだかチョコチョコ出没してるし。
すんません。なんかいろいろ、押しつぶされそうで逃避しちゃう。だめだなー。
相変わらずふせん地獄ですが、なんとか深く広く思考が出来ています。

ふと思い立って2008年5月のブログ記事読んでみたら、
「Atomic Dust」と「GOP」っていう作品の制作で鵜川と揉めてやんの。
「この2作品は鬼門だ、喧嘩が絶えない」とか書いてんの。
いまはその2作品を一部とした、もっと大きな話しを黙々と進めてる。
鵜川の助けがなかったらきっとこんな壮大な物語は追いきれない。
もちろんナナメ土井や永森さんやケンさんのヘルプもあってこそ成り立ってるけど、
それでもどうしたって、ウシロノヒト・鵜川がいなければ成り立たないのだ。
確かに、私の考え事の創成期を一緒にすごしたのはK/Tだし、
今あるものの基盤を創ったのも、鬼門の2作品を一緒に練ったのもK/Tだったけど、
あれは本当に、入り口の入り口のもっと入り口に過ぎなかった。
K/Tはそして、それを私と創りあげることを選ばず、旅立っていってしまった。
特に望んだわけでもないのにウシロを継がなければならなかった鵜川は、
それでも彼なりに懸命に「ウシロ」であろうとしてくれて、その上彼らしさを失わない。
しかも、一緒に考えてくれて、アドバイスをくれて、時には辛辣に批評してくれて、
オニリムやってれば「なんでそこでそれをあー!!!」とか言ってくれる。

2008年っていうと、5~6年前か。まだまだ、きっとギクシャクしてた。
まだ鵜川をウシロとして認めていなかったし、ナナメ土井の立場も今とは違ってて、
永森さんも昔負った傷と向き合うことでボロボロになっていた。
どうしたら最善のバランスを取れるだろうかと考える一方で、
それぞれがそれぞれとして、向き合ったり背負ったりしなければならなかった。
そんな中で、私は展示発表活動なんかを始めてしまって、走り出してしまって、
父が突然亡くなったりとか、まあ、いろいろあったりなんかして。

なんだか全然、人間関係として発展も向上もできてない気がしてたんだけど、
むかしの記事読み返してみると、そうでもないなーってしみじみしてしまった。
最善のバランスなんか、保とうとして保てるもんじゃないんだなー。

なーんて、思ったところで、ふせん地獄に戻りますかねぇ。

雲のように。

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駅に降りると、永森さんが「遅いよ」と言った。
別に何の約束もしていない。
永森さんは誰にでもいつでも同じように言うのだ。

誰にでもそうする優しさで、ゆったりと全身を包むみたいに傍らに立つ。
でもそれだけだ。
Nがわたしの髪を掴んで床に叩きつけた時でさえ、ただそうしていた。
傷付いていても手は貸さない。
ただそこにいるだけ。
一度ついた心の傷は絶対に癒えることがないのだと、わたしに語ったのは永森さんだった。

わたしの胸の中は容易に温まるのだけど、急速に冷えて凝り固まることを彼は知っている。
だから彼はわたしに手をさしのべない。
わたしが手を伸ばしても、ただそこにふわふわと居るだけだ。
まるで雲のように。

……そうか、今日はウシロとナナメが留守なんだな。

フォーメーション

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ナナメ土井に似ている……。

最近カードゲームとかボードゲームとかが熱いの。
一緒にやる相手はいないけど、カードとか駒を眺めてるだけで楽しい。
二人用だとたまにウシロが相手してくれる。
こんど一人遊びできるゲームで配信でもやるべかと思ってるんだけどね。
しばらく忙しいから、息抜きにでも。

ナナメ土井がしばらくウシロの代行をやると聞いて嫌な予感しかしない。
早めに復活しような、とウシロと誓い合っていたら「どういう意味だ」と怒られた。
そういう意味だよ。