Archive: ‘ウシロノヒトと一緒。’ Category

逡巡。

No comments 1月 31st, 2010

[VQ300]答えが知りたくて、いつも私は空を見上げる。

過去というのは確かにそこに厳然とあって、選択肢を選びなおしたり無かったことにしたりすることはできない。

出逢ってしまったら出逢う前には戻れない。確かにそう、KTの言うとおりだ。

どんなに望んでも、時間はただ流れていくもので、その流れを止めたり変えたりすることはどうしたってできない。

概念とか、計算上の云々はあれども、それでも時間というのは何にも干渉されずに流れていくことのできるもので、そういうものを真実と呼ぶのかもしれないと思う。

あの頃のことを思い出している。私がもっとも幸福だった頃のことを。もっともおろかだった頃のことを。もっとも満たされていた頃のことを。

あの頃の私が間違えなく今のこの私という存在である自信はないけれど……。

漠然と、あなたを愛していた、愛している、とそう感じるけれど、愛しているって、何だろうね。教えに来てくださいよ。ねぇ。

忘れていたことや、忘れていたかったこと。

No comments 1月 31st, 2010

[VQ300]

あなたがもうこの世の何処にも居ないということ。

探しても、どんなに求めても、会いたくても、会えないということ。

それはとても辛くて悲しいのだけど、この先二度と増やしたくないと願っても増えていくもの。

私がこの命を終えるまでは、ただ増えていくだけの種の苦しみ、悲しみ。

避けようのない、こと。

だから覚悟を決めたのではなかったのか。揺らぐ決心なら、しないほうがいいのに。

「人並みの幸福をえることができるだろうか」という私の質問に、あなたは笑って言った。

「幸福は得る物じゃない、ただ感じるだけのものだ。得ようとすれば感じることすら永遠にできない」

似た言葉を、去年小説で読んだ。同じように思う人がいるということなのか、それが真実だということなのか。

わからないけど、でも、じゃあ、あなたはどうだったんだろう。

あの頃のように泣き叫べればいいのに、あなたの腕の中で死んでいくんだと信じていた頃のように。

あなたに会いたい。あなたの声が聞きたい。

もう二度と叶わないなんて、そんなことすら私は忘れていた。

あなたを憎んでいたけれど、嫌っていたのではなかった。

愛憎という言葉を思い出す。それは相反する感情だけど、どちらも同じように強いものだ。

たぶん、同じ物の、見る角度を変えただけなんだ。たぶん。……たぶん。

愛別離苦。など。

No comments 1月 31st, 2010

[VQ300]

「嫌いな人などいない、ただ一緒にいられない人がいるだけだ」

J.Bの言葉にはいつも救われる。

たしかにそうだ、嫌いな人などいない。でも一緒にいられない人はいる。

たとえばそれに気づいたのが手遅れだとか、遅すぎるということはあるんだろうか。

いや、多分そうではないんだな。

たとえどうであろうと、どんな時系列上にいようとも、一緒に居られない人とは一緒に居られないのだ。

かれが自分の人生にどんな影響をあたえようとも、また与えていなくとも、どこかの時点で別れることになる。

宿命に似ている。でも運命なのかもしれない。

愛別離苦という言葉がある。四苦八苦の四苦のうちの一つ。

ひとときでも同じ時間を過ごせば、別れるのが苦になるのは当然のことだ。

でもそれは、誰にとっても、っていうわけでは、ないんだな。

学ぶことの多い日々。充実、っていうのともちがう。

三途の川の対岸にでもNを呼び出して、全部の答えを洗いざらい聞き出したい気分です。

答えが出ない。

かぶ氏近影。

2 comments 1月 16th, 2010

我がファミリーの重要な某ポストに君臨するかぶ氏。
先日UPしたデザフェスレポートで写真を掲載できなかったので、先日石神井で撮影させて頂きました。
孤高のかぶです。うーん。そろそろ本気でかぶ人員増員を考えるべきかもしれないな(何故

「本当に想ってるんだったら、わざわざ言葉にすることない」って、いわれたことがあって、その時はそれで納得して「そういえばそうか」なんて思ったんだけども、でもやっぱり伝えたいことは言葉にしてきちんと伝えたいなと思った。
あなたがとても大切で、大好きで、本当はいつも想っているんだってことを、ちゃんと伝えないとな、なんて。
めんどくさいかもしれないし、うざったいかもしれない。でも聞き流しても良いから、伝えさせて欲しいな、と。
自己満足なのかもしれないけど、でも、これは多分自分の中で色んな事を納得するために、本当に必要なプロセスの一部だから。
失うことが前提の自分の考え方は、いつもどこか臆病で、時には恐怖に満ちていて、哀しい。
でも時間や生命が有限な物だと理解したら、伝えることをやめることはできないんだと。どうか解って欲しい。

最愛の相棒であったケイティが突然消えてしまったり、最愛の父が突然冷たくなって帰ってきたあの日に、流した涙とか、あの日の後悔とか、悶えるほどの苦悩を、今もなお覚えているから。
あの傷はまだ癒えることがないから、だからこそ、伝えなきゃいけない、と強く思う。聞き流されても良いから。
この気持ちは何だろうな、なんなんだろう。これは恐怖に似ている。でも今までの恐怖ともまた違う。

「『愛』とは、感情の名前ではなくて、『ただ想い続ける』という行動を表す言葉だ」

と、誰かが言っていた。誰だったかな。ケイティかもしれない。
私には愛すべき人がいて、その体温を感じることが出来て、愛していると伝えられる。
それはなんて幸福なことなんだろう、と、私はその全てをいつか失うという、すでに決定した事項への恐怖と共に感じている。
多分それが、私の創作活動のすべてなんだと思う。

まじめなことを書いたら疲れたので寝ます。

空の写真。

No comments 9月 6th, 2009

今日は、昨日の疲れもあって動きの悪い一日でした。
もっと部屋掃除したり部屋掃除したり部屋掃除したりしたかったなー、あー。
とりあえず月曜日納品の小記事書きがあと4件残っていたので、その作業をメインにペソペソやっておりました。
11月発刊の小説誌のゲラ書きを進めたかったんですが、残念ながら23時過ぎから取りかかることになりそうです。
ちょっとしかできない。

やっぱり久々の労働で気疲れしているみたいですね。なかなかよく眠れません。枕も悪いんですけど。
だから昨日思い切り遊んできたのは良い選択だったなーと思います。

今プリティ・ウーマンを見てますが、リチャード・ギアは見れば見るほど格好いいですね。
映画「HACHI」も観てみようかなー。母を誘ってみようかなーとか思っています。

先日8月28日に地元を散策したときの写真第3弾を掲載します。
とはいえ、これで最後ですが。
鵜川が言うには、まるで私らしくない写真だそうです。
私らしい写真て一体何だろなと聞き返したら、「空が写ってない」と。
そうなのか、いつの間にそんなのが出来たんだなー。

IMG_5612

西新井です。ここは小さい頃から何度も何度も自転車で通っている道です。
あまりゆっくり歩いたことはありません。
最近、カメラを持って散策するときには、なんとなく毎回歩いている道です。

IMG_5594

地元の商店街。材木屋さんが割と何軒もあるんです。知りませんでした。
って、「これは空写ってるよ」と言い訳したら、「気づかなかった、本当だ」だそうです。
こないだの神社の写真も、そういえば「らしくない」って言われてたんですが、やっぱ空が写ってないってことだったのかな。
まだまだK/T氏ほどは「一緒に創作をやってる」とは言い難いので、彼の反応はいちいち新鮮なんですが、もっとちゃんと話をしないといけないなーと思っています。

……空かー……。

アトモス紙みたいな空。

2 comments 8月 25th, 2009

IMG_5571.jpg
こんなの。へんなの。

全部を諦めてしまわないように。
例え生きることに意味などなくても。
生きていく先に希望などなくても。
存在していくことの意義を探し出せなくても。
やめてしまわないように。
私が、この呼吸と鼓動をやめてしまわないように。
あなたとともに在ることを忘れてしまわないように。
あの人と出会えた幸福を忘れてしまわないように。
涙が、大切な記憶まで流し去ってしまわないように。
例え、絶望が待っていたとしても。

トッチラカリマシタ。

No comments 3月 30th, 2009

昨夜から未明にかけて、なんかとっちらかりました。
木曜からちょっと限界を超えて動きすぎていたので、
そろそろやばいなーとは思っていたんですが。
やばいなーと思ったのに安定剤も飲まずに作業してたら落ちた(ぉ
しかも激しく悪い方向に落ちてしまって、疑心暗鬼でイッパイに。
うわー、最悪とか思いながら強引に寝たんですが、
ちっとも寝付けなくて更にイライラしてしまった。
なんでああいう時って薬飲めば楽になるという考えに辿り着かないんだろう。
昨日こそ薬飲めば落ち着ける程度のことだったのに。
薬飲んでもどうにもなんないときとか、飲むほどじゃないときは飲もうと思うのに(笑)
そんなで、とっちらかったまま書いた記事はケシケシしちゃったよ……。
何書いてんの、あたし。馬鹿っぽい……。
ほんと薬飲めばそれでよかっただけのことなのになぁ……。
なんでそれが出来ないんだろ。
今朝入っていた新宿での用事に行けなくなってしまい(ありえん渋滞に捕まった)
4月からの動きをウシロノヒトと打ち合わせながら、ちょっと癒されてみたり。
昨夜あれだけ負の感情のカタマリになったのに、今朝自分を取り戻せてるのは、
本当にわずかではあるけども進歩したんだそうだ。自分じゃわからん。
でもこれ以上の喪失には今はまだ耐えられないと思うから、気を付けないとな。
私が一体何がどうイヤでどう辛いのかというのはウシロノヒトが解っててくれるので、
それについて私が必要以上に考え込むことはないのだと知った。
そのために傍に居るんだから、という言葉と、アトラクションだと思え、と(笑)
私もたまに使う言葉なんだけど、それはウシロノヒトの言葉の使い方が好きだから。
何か耐え難いほど辛いことがあっても、それが自分の人生に影響を及ぼさないのなら、
それは人生におけるアトラクションである、と。うーん、まさに。
さて、デザインフェスタまで日がありませんよ。
デザインフェスタが終わったらすぐにマルシェミニョンですよ。
マルシェミニョン終わった後のことはまだ考えない(ぉ

ハッピーバースデーツーユー

2 comments 2月 22nd, 2009

ウシロノヒトに罵られながら誕生日を迎えました。あっはっは。
ついでに「ハッピーバースデーツーユー」とか言ってくれた。ついでに。
ついでってのも酷いが「ツーユー」はもっと酷い。
いやはや、27歳ですってよ?
カカシ先生より年上になっちゃったよ?
あ、2部は3年後だっけ? じゃああの人一応29歳なの?
それにしたってもうすぐだよ?
そんなこんなで、歯を磨くたびにいつ抜け落ちるかと不安な乳歯も、
27歳まで持ちこたえてしまいました。
一本だけ生まれつき永久歯が足りないので、大切に使っております、乳歯。
もうそろそろ抜いてなんかしらの処置せんとヤバイと思うんだけどね……。
固いモノ(肉とかも)噛めないし、ガムとかキャラメル噛めないし。
……ウシロノヒトには、主に肌の状態&今の状況を罵られました。
素直に謝りました。
進捗を怒られなかったのは、せめてもの優しさなのかもしれない。
うーさんは優しい……また泣けてきた……。

Coccoちゃんを聴きながら。

No comments 2月 6th, 2009

昨年あたりから、自分の創作が原点回帰を始めた。
色々試してはきたけれど、自信を持てたり腰を据えて出来たりするのは、やはり原点なのだと思った。
だから、今までの人生で培ってきたものなんて大したことないんだなと。
つまり土台や骨組みは、ある瞬間にもう完成しつつあったということ。
更にそれは、創作を始めた16年前にはすでにあったということ。
今までの人生というのは、それをより堅固にするとか確固たるものにしてゆく過程だったということ。
それに気付いてしまえれば、あとは前進するしかないし、前進してゆけるはず。
写真も小説もドールも、全部が原点に立ち帰ってゆくのが気持いい。
私は自分を見失いがちなのだけど、自分の中にある原点というのは忘れようがないから。
迷ったら、還る場所があることを思いだそう。
あの海のさざめきと潮風の優しさを思いだそう。

この世で最も美しいのは消せない記憶

No comments 1月 5th, 2009

何か昨夜は要らんことばっか考えてしまって殆んど眠れなかった。
いろんな人のことを思い出していた。
顔とか声とか温度とか。
こういう時は大抵、取り返しのつかないほど凹んでいるので、
N氏の夢でも見てうなされるんじゃないかと思ったけど、
特にそんなこともなく、むしろその方がよかったとすら思った。
咳はどうも、まだ止まらない。
ただとても不安で、ただそばに居て欲しいと願い、それでもそれすら聞き届けられないから、私の不安は消えることがない。
唯一それを叶えられるはずだった君を失ったとき、私は事の重大さにまだ気付けなかった。
私の一生において、例えどんな手段を講じても失ってはならなかった君を、私は確かに無くしたのだ。
今が不幸なわけでもないけれど、あの日君を失わなければ、少なくとも眠れない夜はなかっただろうと思う。