貴族の背中。

マクロレンズにカビが生えてしまったことは前に書きましたが、
ポートレートで使ってた標準レンズにも生えてましてね。
もうほんとに困っちゃいます……。
カラス撮るのに使ってる望遠以外、SIGMA全滅。
1/6サイズの人形が撮れないので、
ちょっと急ぐ分は1/3サイズを代打で撮ろうとしてたんですが、
標準レンズもダメって解ったときはほんとに頭の中真っ白になりました。

DSC05944

で、今の一眼レフ買った時に付属してて、
サッパリ使う気が起きずにしまいこんでたレンズを出してきました。
なんか……どうよ……って感じだけど、これ使うしかない……。
とっとと捨てちゃわなくて良かったです……。撮れないことはない……。
いま来てるモデルさんの撮影依頼もこれで撮るしかないので、
もうちょっと使って慣れておかないといけませんなー。貧乏が憎い。

ともかく、展示会向けの人形写真撮るレンズは早めに調達しないとですが、
場合によってはこの、どうよレンズ一本で頑張らないといけないかもしれず。
てか、こいつにカビが生えないように気をつけないといけませんがな……。
よりによってこんなのに命を預けないといけないなんて……(酷。

雪ですな。

SONY DSC
雪が降るたびに人形撮ろうと思うんだけど、結局寒さに負けて撮ったことがなかったので、
今回こそは外で撮影するぞと意気込んでいたのに、すごい積雪でした。
あわよくば立川のほうまで出かけて撮るべと思ってたんですが、
そんなことよりアパートの玄関から先に出られない。
雪に不慣れだからね。こんな日に一眼レフと人形持って出かけるなんてね。
ムリムリ。

で、けっきょくベランダで撮りまして、サイトのTOP絵も変えました。
こういう過酷な状況で出動してくれるのは真魚しかいないよほんと……。
ぎんもやってくれないことはないんだろうけどさ。
しかし、最近ほんとうに人形と対話しながら撮ることが減ってるせいか、
ものの20枚程度で音を上げてしまいました。寒かったし。
はじめのころに真白の撮影した直後ぶったおれたの思い出すわ。
体力も精神力もはんぱなく使う……。

お人形さんは私の作品じゃないって言っても、あんま理解されない。
いや、ちがうな、私が説明めんどくさがって理解されようとしてないだけ。
彼らはたしかに私が組み立てたものだけど、
でも、たまたま私がこういう形を持たせただけであって、
そんなことは大したことじゃないんだ。
だって、この形は私が与えたものじゃないから。
形にしようとすれば、もともとこういう形になるように存在してただけ。
「作品」というなら、それは写真になった後のことであって。
ずっと迷いがあったから、いつまでもそこにこだわっていた。
人形は私の作品なのかどうか。最近やっとわかってきた気がする。

「私は人形作家じゃない」と、いまならもっとはっきり言える。
だから、もうそんなイントロにこだわるのはやめて、
もっと先に進んでいかないといかんのだ。

がんばるぅ。

「わたし」

SONY DSC
気乗りしないって言われてるのに無理矢理撮った白夜さん。
うん、ごめん……もうしません……。
「お人形ですけど」みたいな顔されるのが一番寂しくなるけど、
真正面からこう怒られるっていうのもね……。
もともとあんまり仲良くないけど、さらに仲がこじれました。
お人形さんとの関係もいろいろです……。

夜行バスを待つ間、ずっと星空を眺めていたんですが、
そうしながら「わたし」ってなんだろなって考えてました。
「わたし」という個体は確かに個体として在るけど、
それとこれとはなんか違う気がする。
別々の「個体」が集まって構成されているのが世界かもしれない。
でも、それを構成している「個体」の単位って、
実はいまわれわれの目に見えていて、われわれが思い込んでいる単位とは、
ちょっと違うんじゃないだろうか。なんて。妄想かもしれないけど。

「わたし」と「わたしではないもの」の境目は、この皮膚ではないのではないか。
徐々に「わたし」になっていき、徐々に「わたし」ではなくなっていく。
そういうある一定の「わたし」の濃度を保った範囲のことを、
「わたし」というのではないだろうか。
自我の境界線なんかハッキリ引けるわけがないなんてことは解ってたけど、
それはあくまでも自分の皮膚より内側の出来事として解ってただけで、
この皮膚より外側でも同じことなんじゃないかと考えたのは初めてかもしれん。

でもなんか、なんかなぁ。そんな気がしてきたなぁ。
境界線ってのもしっくりこない……そうじゃなくてだな……。
うーん、まだよくわからん。

マオさんと。

DSC03908

われわれの人生など、彼ら人形の一呼吸や、まばたき一回にも満たないほどの一瞬である。

なんちて。
いい加減、人形撮影するたんびにぶっ倒れるのどうにかしたい。
さすがに外でぶっ倒れはしないですけど、帰宅後ぶっ倒れます。
なんでか。私の呼吸がまだまだ浅い。
もっと深く深く腹を据えて向き合わないといかんです。うーん。

彼のための洋服を作ろうと思ってるんですけど(作品つくるから……)
ズボンとか……シャツとか……って思うと……シャツはいっか……って……。
レースのショールは編みたいなぁ、もっと細い糸で。
編むにはまず編み図描かないとなぁ。と、この写真見ながら考えてました。

思想サイドの考え事もしつつ、こういうことも考えないと作品にまとまらない。
作業に入ってしまえば、作業しながら考え事はできるんですがね。
さて今度は、どこに導かれるやら。

2013年初展示終了

130216_1855~001.jpg

銀座の懇親会を途中抜けさせていただいて、原宿に滑り込み撤収。
こんなに遅くなったのはいつぶりだろうか。
帰ってから少し仕事をしなければならないので、引き上げた作品だの何だのは来週いっぱいかけて片付けることにする。

奥野ビルで、3年ぶりに真魚を撮った。
彼は人形を被写体にした作品としては初の個展でモデルをつとめてくれた。
今の私の創作発表の礎であると言える。
久しぶりのファインダー越しの対話。
真魚はあくまでもモデルに徹する。
感情をあからさまにしない。
彼の心を開くだけの力は、私にはまだない。

真魚は私が初めてオビツ素体で作った人形で、次に作った真白の「真」は真魚からとった。
彼は真白ほどは私に心を開かない。
真白だってすべて開いているわけではない。

その原因が私のキャパシティ不足なら、私が努力さえすれば作品の可能性は無限に広がる。
もしも、陸前高田市で猫目のぎんが私に見せた感情が、その片鱗だったとしたら、と私は考えた。
「その片鱗にすぎないのだとしたら」と。

しかし、人形との対話は命がけだ。
シャッターを一度押すごとに少しずつ命を削る。
時間はいくらあっても足りないのに、時間を捧げるべき創作のために時間を失う。
生命体ではない彼らにとっては、興味もそそられない課題だろう。
彼らと私では、「時間」の概念が全く違うのだ。
私はいつか死ぬし、きっと長生きはしない。
それはどうしようもないことだ。
だからこそ、私は彼らに問い掛ける。
そして彼らは答えたり答えなかったりする。
そのやり取りの果てに創作があり、創作の果てに展示がある。
展示会のたびに、私は彼らとの対話を振り返り、次の問いを探す。
その全てが、私の死へと繋がっていくのだと、繋がっていってほしいと、そう願いながら。
この対話の在り方こそ、創作の手段が写真でなければならない理由だ。
彼らと共に時間を費やすには、私はあまりに短命すぎる。

彼らの呼吸は、私よりもはるかに深く長い。
私の一生など、彼らがまばたきをするほどの時間にも満たない。
気は急くが、急いたところでどうしようもない。

強風ふきすさぶ南武線登戸駅ホームで、A1サイズのアルタートバッグを抱えて電車を待つ私に、
ビル・エヴァンスが優しく語りかけていた。

呼吸

130203_0933~001.jpg

なんだか酷く体がだるくていつまでも布団の中にいたら、
ケロケロ様になんとも言えない顔をされたのでもうちょっとで起きようと思う。
あと5分、あと5分。

座禅を始めたことにはいくつも理由があって、そのうちの「きっかけ」については書いた。
もうひとつ大きな理由に、やはり「人形を撮り続けたい」ということがある。

だがそれには深く長い呼吸が出来なければ無理だ。
私は長くうつ病を患っていることもあって、呼吸が浅くて速い。
それが精神的にも肉体的にも負担をかける原因だ。

よくため息をつく人は気を付けた方がいい。
前へ項垂れる姿勢になると容量が減るから呼吸は浅くなる。
その結果、慢性的に酸欠になるから大きく息を吸って吐き出す、という「ため息」が必要になるのだ。

背筋を伸ばして静かに座り、長く深く腹式呼吸を繰り返す。
そんな訓練なしには、人形を撮り続けるなんてことは無理だ。
彼らの呼吸は私よりも遥かに長くて深い。
それに合わせることができないから、ものの数時間向き合っただけでダウンするわけだ。

あー、起きよう!

サバイバル。

なぜかしら くすりがないの 袋ごと
眠れぬ夜は 今日で七日め(季語なし)

なぜでしょうか。マイスリーが袋ごとまるっとないのです。
サインバルタとエチカームはあるので、もしや入れ忘れなんじゃ、って。
いやいや、ヒトを疑ってはいけない。大抵こういうのは自分が悪いんだ。
でもどんなに探してもないのよ、マイスリー。1錠も飲んでないのよ。
これで飲んだ覚えがあればどこかに紛れてると思うんだけど、
1錠も飲んでないっていうのはどうよ。入れ忘れなんじゃないのか……!(バンバンッ
風邪気味でもあるのと、ルルA錠に含まれている成分で大変だる眠くなる性質なので、
マイスリー代わりに飲むっていういけないことをやっています……。
ほんとどこいったんだろ……。次に心療内科行くの来週の金曜だよ……。
それまで風邪が治らないでいてほしい。ルル飲む口実ができるから(ぉ
でも眠りの質が悪くてかえって疲れるんで、単に横になるだけでいいのかな、もう。
ところで、サインバルタの薬価がちょっと泣けるレベル……。
今まで抗うつ剤は悉く相性が悪くて飲み続けられなかったので、
抗うつ剤が必要なレベルになったタイミングでは、だいたい新薬を処方される。
サインバルタは初めの数回、吐き気が酷かったけど落ち着いてきたから飲めるかも……。
向精神薬は副作用との戦いが辛いですな。まあでも自分の鬱病は治る事が解ってるので。
こんだけ再発に再発を重ねてるともうね、ちょっと酷くなったぐらいじゃ動じませんね。
表向きは動じまくりだけど根っこのところが段々揺れなくなってきます。
いや、まあ、治る。ってところからは、揺れなくなる。なってるはず。だ。はは。


陸前高田市 未来商店街の東京屋さんにいらっしゃる方。
やはりヒトガタのヒトではないものを撮るのがいちばん落ち着くと思った。
私があの土地でちょいちょい再会する「初心」っていうのは、
こうやって持ち帰ったものに潜んでいることもある。
ので、やっぱりこれからも私はヒトガタと関わり続けていくのだろう。

私が関わっているモノは、「人形」でもなく「ドール」でもない。
けれども、「人形」とも「ドール」とも呼ばれる。
私が創っているものは「写真」であって「写真」ではない。
「生きている」モノであって、「生きている」モノではなく、
「生きていない」モノであって、「生きていない」モノではない。

活動を休止して(一応休止してます…)よりいっそう、
「何をやってる人?」という質問に詰まるようになってしまった。
前から「ええと~」って感じだったけど……。派遣社員です……。

先日、チューリップを綺麗に咲かせていただいて嬉しかった、って話を某所でしたら、
「そんなに喜んでもらえたなら、また送ってあげたいって思ったでしょう?」
って言われて、正直、何を言っているのこの人、って思ってしまった。
育ててもらって、そのお花を見ることが出来て、嬉しかった、って話だったつもりなんだが……。
確かに、喜んでいただけてたのは本当だけど、捕らえ方がやっぱ、違うのだな。
「送ってあげた」わけでもないし……。
必要だと聞いたら、自分に出来ることを探してみるだけですよ。
あったらやる。なければやらない。
そういえば、さんざん「ボランティア」って言いふらされてたな。
「なかなか出来るもんじゃないよ」とも言われたな。
なんであそこでイラッとしてしまったのか。

でも確かに、「自分がそうしたい」と思うことでも、実行するにはエネルギーがいる。
そのことを褒められたのだったら、喜んでも良かったのかもしれない。

お人形さんを撮る。


今日DFGの2階で展示されてた法政大学Ⅰ部美術研究会の現部長・千葉さん作の球体間接人形。
コンデジしか持っていなかったけど撮らせて頂きました。

実はこれも今後やってみたいことの一つです。よそ様のお人形を撮りたい。
しかしこれはそんなに気楽にできることではないので、まだ二の足を踏んでいます。
前にも書きましたが、私は「人形の写真を撮っている」わけではなくて、
それが自分ちのひとたちであれ、よそ様であれ同じことなのです。
レンズ越しにお人形と対峙する、ということは、私にとっては会話の手段です。
お人形さんはもちろん、私達のように生きているわけではなく、会話もできません。
その彼らとのコミュニケーションの手段が、写真です。
そしてもちろんそれは、その手段の一部にすぎません。
また、お人形さんとコミュニケーションを図るということは、目的ではありません。
これが、「人形の写真を撮っているわけではない」だとか、
「私の作品は『人形写真』ではない」ということの意味である、と言えるかも。

自分ちのひとたちとも十分にコミュニケイトできていないのに、
よそ様に浮気している場合じゃない、という思いもあるにはあるんですがね……。
どうも今後の自分のやるべきことを考えていると、
少し視野を広げたほうがいいような気がするのです。
いまいち、ただの人形写真から抜け出せないのがどうにも。
向き合い方がまずいような感じがあるんだよなぁ。
って、単によそ様のお人形さんに相談しに行くようなもんなんですが。
ろくなもんじゃないな……。ははは。

難しいのは、もしそのお人形の作家さんやオーナーさんが撮影OKをしてくれても、
お人形さんのほうからNGが出ることがあるっていうところ。
あと、例えばスーパードルフィーは陶器だし、作家さんの作品はだいたい粘土だし、
うちの塩ビとABSで出来てる人たちとは扱い方が全く違うので、
作家さんやオーナーさんにも同席して頂かないと撮影が出来ないというところ。
たいてい、一度設置してしまえば、あとは自分が動いて撮るようにしてるので、
大きな移動とかポーズ変えとかもしないんですけどね……やっぱり、万一のことを考えると。

千葉さんにもすでに交渉を持ちかけたんですけども、
もしもご協力頂ける人形作家さん、オーナーさんがいらしたらご一報頂けるとうれしいです。
ただ、私が人形を撮っているのは「人形が好きだから」ではない、ということをどうかご了承ください。
まずはそういうことをちゃんと説明できるようになってから、っていう気もしてます……。
なんか、どこかにまとめておいたりしておきたいですね……。うーむ。