あのさく in 稲城 無事終わりました。

このイベント。無事に終わりました。
ご来場いただいたみなさま、小川監督、また見守ってくださったみなさま、
本当にありがとうございました。

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「あの街に桜が咲けば」の上映会は、
まだまだ全国各地で開催されています。→公式サイト。
ぜひ、大切な人と見ていただきたい映画です。

いまいちわたしが自分の想いを全く表現していないので、
どうも伝わりづらいというか、「お前は何なの」状態で申し訳ないです。
何かの団体の一人だと思われることが多いのですが、
陸前高田に関する行動は何もかも一人です。
今回は、たくさんの方に助けていただく形となり、
その割りに私の想いを何処にも表していないもので、
で、結局なんだったの? って思われているんじゃないかと……。
その辺本当に申し訳なく思います。

想いはとてもたくさんあるんですが、言葉にできなくて、
自分でもこれが一体なんなのか未だに良くわかってません。
だからこんな中途半端な感じになってしまって、
いつも勢いだけで動くみたいな状態でご迷惑ばかりおかけしております。
いつもいつもお世話になりっぱなしですみません。
ありがとうございます。そろそろ何とかしないとな……。

だからこの映画を観て抱いた想いもまたあるんだけど、
それもどうも言葉にできなくてほんとうなんか……ごめんなさい……。
また遊びに行きます。

もやもや……。

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陸前高田市の未来商店街にある、Laughさんという雑貨屋さんの石鹸。
マスカットサイダーの神田葡萄園さんの葡萄の果皮から作られている。
ぷるぷるしてて面白い。ソフトソープというらしい。
無添加なので肌にやさしいという。
Laughさんで扱っている石鹸やキャンドルはどれもこれも素敵。
グラス入りキャンドルをいつも買いたいと思うんだけど、
部屋の惨状を思い出して買うのをやめてしまう……。
陸前高田に行く前ってどうしてこう、精神的に荒れまくってるんだろうか。
荒れまくってるから行きたくなるってのもあるんだけど。

ここんとこ、頭痛や眩暈が酷い上、疲労が全身にまとわりついていて、
気を抜くともう起き上がれなくなる、なんてことがしばしば。
おかげで部屋は荒れまくるし、読書もできやしない。
勉強も資料の整理も、考え事のまとめだって手に付かない。
この土日は何とかして何かを進めたかったのだけど、
それでも結局、サッパリ動けなくなってしまって何も出来なかった。

実はどうも、精神的に相当参っているらしい。
前は精神的に落ち込むと、それこそ気持ちばかりが落ち込んでいたので、
ああ、参ってるんだな、と思うことが出来たのだけど、
ここのところは精神的なものも何もかもが体調に出てしまって、
一体なにが原因でこんなに疲れていて具合が悪いのかと悩んでしまった。

心療内科で貰っている精神安定剤を多めに飲むと少し楽になる。
本当は、もう薬も飲まなくて済むようにしていきたいんだけど、
そのためには根本的なところと向き合っていかないとならないので、
向き合っていくためにはどうしても薬が必要になるっていう……。
持病がいくつもあるので、具合悪くても何の具合の悪さなのかすぐに解らない。
うーん、不便だ。

早起き早寝で、生活リズム作りながら改善していきたい。
と、思ってはいる。
それだけでもだいぶ違うんだけど……うまくいかないもんだ……。

陸前高田市に行ってました。

陸前高田市の米崎小学校仮設住宅でチューリップの球根募集されてて、
それに乗っかって100球ぐらい? お送りしたのです。
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まだこれから花芽が出るかどうかという感じでした。
来月には咲くだろうか? 育ててくださってありがとうございます。
相変わらず、ごはんご馳走になったりラーメン食べに連れて行って頂いたり、
いろいろお話し聞かせていただいたり、お世話になりっぱなしでした……。
ありがたい。ありがとうございました。

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市内をBRTの回送バスが走っていました。これは気仙沼のホヤぼーやか……。
朝、市庁舎前から高田病院までBRTで移動しましたが、これは助かりますな。
岩大E_codeさんが発行されてる「陸前高田いいことマップVol.4」に、
時刻表と運行図が載ってて重宝しました。わかりやすい。

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うん……。

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市内は、大きな建物がほとんど取り壊されていました。
すごい強風で、土埃もすごかったのでマスク装着。
カラスがテトテトと徒歩で移動していたのが面白かったので、
しばらく眺めていたら、その風を使って山の方に帰ってしまった。
ひょーいって感じであっちゅー間に見えなくなってしまいました。
それを見送った先にあったクレーン。
なにか作ってるな。作ってるのかな。

とりあえず、4度目の陸前高田市だったんですが、今回も歩きました。
たくさん歩いて、やっぱりちょっと足を傷めてきました。うーん。
夜行バスでは行きも帰りも4時間ぐらいは眠ったと思う。記録更新だ。
帰ってきて落ち着いてから、ウシロに怒られたりなどはしましたが。
木村屋さんの焼きドーナツとか、例のボールペンとか、
ラフぷる~んとか、産直はまなすさんのおやつを買えたし、
いろいろご馳走になって、本当にありがたかったのです。

私は米崎小学校仮設住宅にチューリップの球根を送ったのですが、
受け取ってくださったのは、チューリップそのものではなくて、
住民の方同士が交流する時間や、お花の世話をする楽しみだったのだということ。
震災当日の出来事や、避難所での生活のことなどを聞かせて頂きながら、
発する側と受け取る側では、同じものでも見え方が全く違うことを知りました。
いや、知ってはいたんですが、知ってるだけだったということを知りました。

あと何かは良くわからないのですが、何かに納得をして帰ってきました。

今までずっと胸の辺りに引っかかっていたことでした。
それが、ストンと落ちてしまったのです。
だからもう、この車中2泊の強行軍は今回限りにしようと思いました。

改めて、今回お世話になったみなさま、ありがとうございました。
またいつの日かお会いしましょう。

球根。

陸前高田市の米崎小学校仮設住宅の自治会長さん宛てに、
100~120球ぐらいのチューリップの球根を送った。
今日、送った球根の植え付けをやってくださっているということで、
メールで作業風景の写真も送っていただいた。
思わず、ブログに載せてもいいですか?
と、返信しそうになる指が止まった。

何の目的もなく陸前高田市に行くことだけを決めて、
偶然、とうごう薬局さんが球根を募集されているのを見かけ、
何かミッションを得たような気になって夜行バスに乗ったのが、去年の9月。
そこで中口さん(@HELPTakata)にお世話になって、
それ以降なにくれとお世話になるうちに、
陸前高田市で会いたい人や、食べたいものが増えていった。

考えることが、とか、感じたことが、とか、書いた時期もあったけど。
陸前高田市が被災地だから、支援の為に行きたいとか、
そういう気持ちは初めからなかったし、ずっとない。
これからも、きっとない。
なぜなら、私が出会ったのは震災後の陸前高田市であって、
それ以前の陸前高田市には何の思い入れも感慨もないからだ。
私が会いたいと思う人たちとは、考え方も感情も違う。
無理矢理に同調して話をあわせようとするのは間違っている。

私は復興支援をしたいのではない。
ただ、会いたい人がいて、食べたいものがあって、行きたい場所がある。
そういう土地の「いま」と「これから」をただ知りたいと思うことは、
私は少なくとも、間違えだとは思わない。

球根を送る、というのは、正直に言ってしまえば自分のためだ。
陸前高田市を訪れる理由を作っているだけにすぎない。
なんとも自分勝手だと思う。それでつい、メールの返信ができなかった。


夜行バスに10時間乗った上、炎天下を竹駒から産直はまなすまで歩いたが、
途中の神田葡萄園で力尽きそうになった、という笑い話。歩く距離じゃない。
産直はまなすさんはこのもう少し先にある。
でも神田葡萄園の先だということが解ったので、次もたぶん歩いていくだろう。

そういえば、先日上野広小路の力丸に行ったとき、
マスカットサイダーを切らしていると言われたけど、入荷しただろうか。
そろそろネギ焼きを食べに行きたい。

遺産

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いまになって、なぜ書いた日付を記さなかったのかと非常に落胆している。
私が小説の下書きに日付を入れるようになったのは、中学生になってしばらくのことだろうか。
つまりこれは小学生か中学1年生のうちに書かれたもののはずだ。

小学生から中学生時代には、いま思えば恐ろしい枚数の小説を書きなぐった。
そのうちのある作品の下書きを紛失してしまって、ここ数年血眼で探していたが、
結局目の前の棚にあったバインダーに挟み込んであったという結末だった。
実はこのルーズリーフの下書きではなくて、
もっといい加減な紙切れに書きなぐって封筒かなんかに詰め込んでいた紙束の方が重要な史料なのだが、
捨てたかもしれない。
私はどんなにつまらなかろうと、
一度ある文書の体裁を持った紙切れは何らかの形で保存することにしているし、
それを捨てるとなるとよほど強靭な精神が必要だ。
だがあの時期からすぐ後に訪れた暗黒時代における錯乱状態ではそれも難なくできたかもしれない。
非常に残念でならない。

私が陸前高田市で学んだことといったら、英語の効果的な習得の仕方、
より遠くまで行ける歩き方、自分が予測や期待をするほど他人は自分に関心を持っていないこと、
疲れた時は温かいものを飲むこと、高速バスでの眠り方など、
周囲の人の期待するような内容じゃない。
ボランティアさんたちから「何をまなんだか」など聞く機会もないし興味もないが、
おそらく全く違う感想なのだろう。
私は陸前高田市で学んだことをアトリエに持ち帰り、
それを吟味する過程で2枚の写真作品を発表した。
それらの作品が私に問うことは非常に面倒で、痛みを伴い、
体力も精神力も忍耐力も要ることだった。
自身の在り方を根底から見つめ直す作業である。
生きる気力すら失いかねない。
だが、今までなんとか逃げおおせたものから、いつまでも逃げられるとも思えない。
何しろ、奴らは延々30年も飽きもせず私を追い回しているのだ。
わたしが奴らに「なぜ追うのだ」と問えば、奴らは「逃げるからだ」と答えるだろう。

タフなストーカーにはもうウンザリだ。
だからといって解放されたいわけでもない。
この心理的現象を「ターミネーターのジレンマ」と呼ぼうと思う。

ガレキーホルダー

先日、11日の深夜池袋出発の夜行バスで、岩手県陸前高田市に遊びに行った。
いくつかあった目的は無事に達成できたが、何しろお盆を舐めていたので酷い思いをした。
大体、陸前高田市の仮市庁舎前バス停に6時過ぎには着けると見込んでいて、
それなら涼しい間に方々の予定を済ませて、あとは竹駒でノンビリしてればいい、なんて……甘かった。
往路のバスが臨時便で、普通の観光バスだったため、2時間おきに休憩が入るのに加えて、渋滞。
結局現地に着けたのは10時前だった。とっくに日は登っている。

毎度のことながら、沢山学ぶことがあった。
しかし今回はあまりの疲労でこちらの吸収率が悪かった。
いろいろ取りこぼしてきているので、身辺が落ち着いたら冬が来る前に回収に行くつもりでいる。
私の「初心」は、今回はすれ違いもしなかった。単に留守だったのか、もう他へ移ったのか。
私が気付いていなかっただけかもしれない。


ガレキーホルダーはどうも増える一方で、東京では別々の持ち物につけているが、
陸前高田市に遊びに行くときは、全部をまとめてリュックに括り付ける。
やはり3つにもなるとジャラジャラする。
瓦礫の中のプラスチックから作られたキーホルダーには、
沢山の想いや知るはずのない生活、思い出が凝縮されているので、
身に着けて持ち歩くことに抵抗や違和感を覚える人もあるかもしれない。
だから、私が身につけて持ち歩いているのを見て眉を顰める人もいるかも。
復興支援のためではなく、「持ちたくて持っている」ということに、
どうしても罪の意識を感じてしまうのはどうしてだろうな。
陸前高田に遊びに行くことにも、いつもいつも言い訳ばかり考えている。

今回、実は人形を撮りに行った。
私は人形を撮っているけれど人形を撮っているわけではないので、
「背景」にしようとした、だなんて思いつきもしなかったのだけど、そう見えるのは仕方がない。
だから常に言い訳ばかりを考えていた。
どう言ったらいいのか未だに解らなくて、幾度も自問自答しているけれど、結局答えは出ない。
何がここまで私をあの場所に引きつけるのか、あの郷愁のような、憧憬のような感情は何なのか。
私とかつて共にあった「初心」という名の彼が、なぜあの場所に留まり続けているのか。
そんな気がするのか。
風景の写真をいくら持ち帰っても何も解らないので、視点を変えないといけないと思った。
だからいったん人形の視点を介してみることにした。
まあ、そんなことは説明したって言い訳したってどうしようもないんだけど……。
会いたい人も食べたいものもあるから、行く、っていうだけで、いいんだろうな、本当は。


産直はまなすさんで、また一個買ってしまった。
ガレキーホルダーは、はじめの2個は通販だったので選びようがなかったのだけど、
3個目は5月に産直はまなすさんで購入したので、ちょっと時間をかけて選んだ。
色や組み合わせではない。もっと別のこと。今回もその基準で選んだ。

いいことマップ

先日、岩手大の陸前高田復興応援チームという方々(@E_code1)がフリーペーパーを創刊されたそうで。
どこで手に入るのか調べたところ、ほとんどが陸前高田市内だったので、
次に遊びに行くときにでも、と思っていたのだが。
なんと、東京でも手に入るとのことで、実家に帰るついでに渋谷に寄ってきた。
寄ったというか、まあ、ぐるっと大回りをして、ちょっとした小旅行になってしまった。


渋谷パルコPart1の4Fにある、「Only Free Paper」
ここはフリーペーパー専門店ということで、所狭しとフリーペーパーが並んでいる。
なかなか面白い空間だった。のだが。
連日会社でデータ入力作業をして、眼球が爆発しそうなほどの眼精疲労に見舞われていたその日。
どんなに探せどもそれらしきものが見つからず、店員さんに聞いてもまるで見えず。
ついには「これです」とわざわざ手渡ししてもらう羽目に。お世話様でした……。すみません。

そして、金曜日の渋谷は戦場だった。
稲城市に引っ越して何年か経つと、都会には人が沢山居るということを忘れる。
あのスクランブル交差点で写真を撮りたくなる気持ちは、都心で働いてた頃は理解できなかったが、
今ならなんとなく解る気がする……スゲーって思う……。


命からがら、渋谷から持ち帰ったフリーペーパーがこれ。
陸前高田市へのアクセスや、宿泊場所の情報なんかも掲載されている。
写真にも文章にもぬくもりがあっていいなーと思った。
私には出来ないことなんだよなーというのが初めに持った気持ち。
人と人との付き合いを大事にすることができない。
自分の中に閉じこもってしまう。
それをいいことだとは思わないけど、悪いことだとも思っていない。
だから、こういう写真や文章には、素直に憧れてしまう。
いいなぁ。

表紙の多肉植物を植えている長靴が、多分これ穴があいてないのかな?
蒸れてしまってる気がして、これこのままじゃ根腐れして枯れちゃうんじゃ……。
とか、余計な心配もしてます(;´ー`)
うちの多肉さんたちは夏を乗り切れるかなぁ……。乗り切ってくれー。

このフリーペーパーは、渋谷 Only Free Paper のほかに、
下北沢にある「Instep Light」というカフェにも設置されているそう。
こちらのカフェのメニューには、陸前高田の米崎りんごを使ったケーキがあるそうで、
陸前高田とゆかりのあるお店なんだとか。今度行ってみよう……。

しかしこの、冊子というか、紙媒体のぬくもりというのは温かい。
単に紙モノが好きだというのもあるのだけど。
それにしても、WEB上でモニター越しに見るのとは明らかに、何かが違う。

バッタバッタ


上野広小路にある広島風お好み焼き「力丸」に行ってきました。
陸前高田市にて、お好み焼き「しんのすけ」という屋号で屋台をやっていたそうで。
このお店のうわさを、先月陸前高田市に遊びに行った時に沢山聞いたのです。
いろいろ勘違いをしていたことがあったのだけど、でも実際にお会いしてお話をしたら、
うまく繋がらなかったところも何となく繋がったので、OK。
しかし、岩手で東京のお店の話を聞いて、東京のお店で岩手の話という。


なかぐちさん(@HELPtakata)オススメの一品、ネギ焼きを頂く……。
ほんとに美味しい。また食べに行くッス。
ここんとこ体調が悪くて食べることに対する興味が薄れていたもんで、
無理にでも食べないと何日でも水だけで過ごせてしまうような有様だったんですが、
そんなときにほんとに美味しいものを食べさせて頂いて嬉しかったのです。

普段呑まないくせにああいうとこで見栄張って呑むもんで、
本当はもっと食べたかったお好み焼きをほとんど食べられず。
次回のお楽しみに持ち越し……。結局ネギ焼きしか食べてない……。


陸前高田は神田葡萄園のマスカットサイダー。割り(何。
ノンアルコールでいいですか? お酒入れますか? と聞かれて、
お酒入れてください、って即答するぐらいには、もう既に酔っていました。すんません。


元気。


そして……。
つい嬉しくなって、いらんことまで話しすぎた気がして独り反省会へ……。
上野のHUBは日本人ばっかですね。
HUBの片隅でハイネケン片手に「バカバカ私のバカ」とテーブルに頭を打ち付けていると、
いつの間にか終電の時間になっておりまして、またひとつお酒が嫌いになったのでした。
酔った勢いに任せて喋りすぎたり自己嫌悪に陥りすぎたりする病気を早く治したいです。
あと体調悪いときに限って独りで出かけていって無茶をする癖もどうにかしたいです。

いい加減ウシロノヒトにも、「え、おまえなんなの?」と白い目で見られます。

もうちょっと体調が上向いてきたら、またお好み焼き食べに行きたいです。
れもんはーとでバッタリ、なんていうのも面白いかもねーなんて言っていただけてありがたかったです。
いろいろすみませんでした。バタリ。(一体何が。

「陸前高田に行きたい」という感情


よっしゃー、今から乗るぞー! って鼻息荒く写真撮って、
チケットを渡すと必ず「あ、こっちじゃないです」って言われる私です。

先日行って帰ってきたばかりで、もう陸前高田に行きたい周期。
でも次にいけるのは早くても9月ぐらい。
それより遅ければきっともう雪に閉ざされる時期になってしまうだろう。
生まれてこのかた、東京以外で暮らしたことのない私には冬の東北は無理だ。
何かあったら現地の方にご迷惑をおかけする。だから冬は行かない。
しかし、春・夏・秋のいい気候の頃はボランティアさんも多く、気が引ける。

「陸前高田に行きたい」というこの感情は、「嬉しい」とか「悲しい」と同じだ。
これは、「陸前高田に行きたい」であって「陸前高田が好き」ではない。
「好きではない」のでもない。ましてや「嫌い」なわけもない。
というか、「好き嫌い」ではないのだ。0か1か、白か黒か、到底そんな話ではない。
ちょっと似てるなと思ったのが、しばらく実家に帰ってないときに、
「そろそろ帰らないとなあ」って思うあの気持ち。だけど多分違う。
あの土地には縁もゆかりもなくて、しかも震災がなければ地名を知ることもなかった。
なんだかなあ。
いま私が持っている感情のほとんどは、今までの人生のうちに経験済みで、
だからこそこの「陸前高田に行きたい」という感情だけを持て余している。
これは一体何なんだろう。
去年の9月のブログを読み返したら、あのときの私もやっぱり混乱していた。

震災はきっかけだった。
あの土地と出会うことは初めから決まっていたのかも。
なんて、身勝手なことを考えたりもする。
でもそうやって結果を急いではいけないのだ。確信が持てないのなら動き続けようと思う。
しかしやっぱりちょっとボランティアの方に対しては負い目がある。
働きもしないのに東京から一人で行ってただ遊んで帰ってくるっていうのには……。
だからいつも、何か出来ることがないかと探してしまう。
どうも順番が逆のような気がするけど。

「好き」とは違うけれど、やっぱり気にはなる。
行きたい場所だから、その地名が出てくればどうしても目をむけ耳を傾けてしまう。
そのことがやっぱり復興支援だとかそういうことのように見えてしまうようで、
話の方向が違っていることを「そうじゃない」と言ったところで解ってもらえない。
いまの一番の悩みかもしれない。うーん。正直ちょっと困っている。

でも、陸前高田の方に「またおいで」って言っていただけたのは嬉しかった。
言い訳をしなければならないのは、むしろ東京に居る間だけのことで、
あの土地にいる間や、あの土地の方とお話をしている間は、言い訳を考えなくていい。
正直な気持ちを言っても、眉をひそめられたり大げさに感心されたりしない。
変な気を使った話し方をしなくていい。そういうのも、なかなかどうして妙な感じだ。

……空気の流れと色、濃度、温度、湿度。この肌にかかる圧、におい、振動。
そこにじっと立っていると、肉体を持つはずの自分がたちまちバラバラに分解されて、
見えなくなるほど粉々になり、砂塵と共に風に吹かれて飛んでいく。
やがて巻き上げられて舞い上がり、雲に吸い上げられると、水を含んでふたたび地上に落ちてくる。
その間は、一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる。
おびただしい数の「個体」がぎゅうっと固まって「何か」を形成する過程を、
ビデオの早回しのように、スローモーションのように、眺めている感覚。
しかも自身はその現象の外側にいるのではなく、その現象の一部である。

全身全霊をそんな感覚に支配される場所がある。陸前高田だ。
「私」というものを形成する永い歴史の過程で、何かの因果があったのかもしれない。

サバイバル。

なぜかしら くすりがないの 袋ごと
眠れぬ夜は 今日で七日め(季語なし)

なぜでしょうか。マイスリーが袋ごとまるっとないのです。
サインバルタとエチカームはあるので、もしや入れ忘れなんじゃ、って。
いやいや、ヒトを疑ってはいけない。大抵こういうのは自分が悪いんだ。
でもどんなに探してもないのよ、マイスリー。1錠も飲んでないのよ。
これで飲んだ覚えがあればどこかに紛れてると思うんだけど、
1錠も飲んでないっていうのはどうよ。入れ忘れなんじゃないのか……!(バンバンッ
風邪気味でもあるのと、ルルA錠に含まれている成分で大変だる眠くなる性質なので、
マイスリー代わりに飲むっていういけないことをやっています……。
ほんとどこいったんだろ……。次に心療内科行くの来週の金曜だよ……。
それまで風邪が治らないでいてほしい。ルル飲む口実ができるから(ぉ
でも眠りの質が悪くてかえって疲れるんで、単に横になるだけでいいのかな、もう。
ところで、サインバルタの薬価がちょっと泣けるレベル……。
今まで抗うつ剤は悉く相性が悪くて飲み続けられなかったので、
抗うつ剤が必要なレベルになったタイミングでは、だいたい新薬を処方される。
サインバルタは初めの数回、吐き気が酷かったけど落ち着いてきたから飲めるかも……。
向精神薬は副作用との戦いが辛いですな。まあでも自分の鬱病は治る事が解ってるので。
こんだけ再発に再発を重ねてるともうね、ちょっと酷くなったぐらいじゃ動じませんね。
表向きは動じまくりだけど根っこのところが段々揺れなくなってきます。
いや、まあ、治る。ってところからは、揺れなくなる。なってるはず。だ。はは。


陸前高田市 未来商店街の東京屋さんにいらっしゃる方。
やはりヒトガタのヒトではないものを撮るのがいちばん落ち着くと思った。
私があの土地でちょいちょい再会する「初心」っていうのは、
こうやって持ち帰ったものに潜んでいることもある。
ので、やっぱりこれからも私はヒトガタと関わり続けていくのだろう。

私が関わっているモノは、「人形」でもなく「ドール」でもない。
けれども、「人形」とも「ドール」とも呼ばれる。
私が創っているものは「写真」であって「写真」ではない。
「生きている」モノであって、「生きている」モノではなく、
「生きていない」モノであって、「生きていない」モノではない。

活動を休止して(一応休止してます…)よりいっそう、
「何をやってる人?」という質問に詰まるようになってしまった。
前から「ええと~」って感じだったけど……。派遣社員です……。

先日、チューリップを綺麗に咲かせていただいて嬉しかった、って話を某所でしたら、
「そんなに喜んでもらえたなら、また送ってあげたいって思ったでしょう?」
って言われて、正直、何を言っているのこの人、って思ってしまった。
育ててもらって、そのお花を見ることが出来て、嬉しかった、って話だったつもりなんだが……。
確かに、喜んでいただけてたのは本当だけど、捕らえ方がやっぱ、違うのだな。
「送ってあげた」わけでもないし……。
必要だと聞いたら、自分に出来ることを探してみるだけですよ。
あったらやる。なければやらない。
そういえば、さんざん「ボランティア」って言いふらされてたな。
「なかなか出来るもんじゃないよ」とも言われたな。
なんであそこでイラッとしてしまったのか。

でも確かに、「自分がそうしたい」と思うことでも、実行するにはエネルギーがいる。
そのことを褒められたのだったら、喜んでも良かったのかもしれない。