なんとか生きています。

フォト蔵の方で、過去作品公開キャンペーン開催中です。公開しているのは、過去の展示で出した作品、習作、撮ってみただけのものなど。すべてフルカスタム人形の写真です。よろしければ見てやってくださいませ。ギャラリーのドール写真ページからスライドショーで見ることが出来ます。

先日、ニコニコ動画界隈の方にある曲を提供して頂いて、それで踊ってPVなんてお話を頂いたのですが、結果としてなかったことになりました。
お断りしたときに、独りよがりとしか思えないって言葉を頂戴したのですが、まあ、そう言われるのであれば別に一緒に何かを創ることもないかな、と思ってしまいましたとさ。ははは。

最近、ダンサーとしての側面も少しずつ出てきているわけですが、便宜上ダンサーと言っているだけで、私はダンサーではありません。
私が展示会場でやっているダンスは、あくまで空間表現・行為作品であって、いわゆる世間一般で言うダンスではないです。
だから、やはり実際に目の前で見たことがなければ、そのなんたるかを言葉で伝えることも難しいし、文字情報だけのコミュニケーションで伝わるはずもない。そこは諦めています。
だからその自分の諦めに自ら乗じる形で、安請け合いをしてしまったことについては申し訳ないと思っています。
ただ、何かを一緒に創ろうとするときに、互いのそれがどういう意図で創られているのかという理解や、理解する努力を怠っては出来るはずがない。のですよ。
それに気づくのが私も遅かったと言えば遅かったわけなんですけどね、せめて話が来たときに、考えさせてくださいと言えれば良かったんだろうけど。
(と、反省しとるわけです、はいw)

んで、「踊れそうかな」と思う音楽、私の踊りの一見した動きに合いそうな音楽、ってのであっても、一切踊れない、なんてことは良くあることです。
そもそもダンスじゃないので、いったん踊れなくなったら二度とその音楽では踊れません。
その上で、むりくりそれっぽく見えるように踊ってみることは出来るかも知れませんが、それは私の表現活動とは大きく外れる行為なので、大変な苦痛を伴います。
そこまでしてやることではない、と判断したわけです。
ギャラが発生するならまだしもね。

私がこの前、YouTubeに動画をアップしたのは、YFEのメンバーにシェアするためであって、そのほかの誰のためでもありません。
だから、これからももしかしたら動画をアップすることがあるかもしれませんけど、それだって、どうしてもシェアしたい人がいて、その人のためにシェアするためだけのものです。

私の踊りは、何度も言いますけど、空間表現であり、行為作品です。
PVなんかを必要とするような種類のものではない。
それをハッキリと言うほど自分の表現に自信が持てていなかったのでしょうな。
ただ、まあ、そんな自信なんか持てていなくたって、そういうきちんと根底にある前提についてはハッキリ言っておかなければならないんだと学習。

てか……仕事のことでも創作のことでも、イライラしたり腹の立つことばかり起こった一週間でした……。
とにかく体調がガタ崩しに崩れているので、精神的なマージンがほとんどない状態なのがいけないんでしょうな。
最近、デスクに設置したボトルガムが恐ろしいスピードで減っていって居ます……来月末まで持たせたいんだけどにゃぁ(´・ω・`)

なんだか難しい話。

↑ふと思い立って画像フォルダを漁ったら、初期の奏さんが出てきた。この子は初期の頃からモデル気質だったんだな、おかげで撮りやすいです。

先日「特攻野郎Aチーム」を映画館で観た帰り、コンビニで「第9地区」のBD&DVDが売っていたので思わず買ってきた。
それで久しぶりにあの映画を観たのだけど、いやはや何度観てもあの映画は酷い。酷く良い作品だ。

私が扱っている作品のテーマも、あの映画と同じほど重くて複雑だし、あの映画で扱っていたテーマがそのまま私の作品のテーマになることも、この先あり得るだろうから、余程制作者として観てしまう部分も多々あるのだけど。

作品のテーマや、制作者・作家側の「想い」なんていうのは、そのまま伝わり、理解されることはまずないと思っている。
それはしごく当たり前のことで、例えばそれはこの前私が主催した合同展「変フェス」によって証明したことでもあるのだけど、作品を作っている人間もそれを見ている人間も、全員が個体であるからだ。
だから一つの世界を同じような外的条件下で見たところで、個体によって全く違う世界に見える。そうでない方が不自然なのだ。もしそうした結果があったとしたら、それは誰かが嘘をついているのだと思う。
私は長く、「世界があらゆる色を内包している」と言い続けていたけれど、多分そうではないのだ。
それのどれを拾い上げるかによって違う色に見える、のではなくて、初めから違う個体がそれぞれに違う色を観ることは当然のことなのだ。
この辺はまた話し始めると長く複雑になるので割愛する(……だから時として誤解を生む。ごめんなさい)

話が逸れたけれど、作家側の「想い」や「意図」は大抵の場合正確には伝わらない。
ただし、それに共感したり、その作品に込めたざっくりとしたテーマを理解することはできる。
しかしそうした人々はごくまれだ。展示会でそうした人に出会えたこともあるが、未だほんの数人である。
そしてそうしたテーマを理解できずに、なんとなく通り過ぎていく人たちもいる。
多くの場合、私はそうした人たちを無視してきた。

しかし、この映画を観て思ったことは、そうではないのだ、ということだった。

テーマが理解出来ない人々に対しても、面白い娯楽作品であるべきなのだ。
伝えても伝わらない人々を無視するべきではない。
展示をやっているとつい忘れがちになってしまうことだ。
自分の作品に愛着が湧きすぎて、要らない自尊心が鎌首をもたげてしまう。
伝えなければ、なぜ伝わらないのか、そんなことにばかり意識がいってしまうのだ。
それでは創作をやっている本当の意味を見失う。
私が本当に見失いたくないもの、追い求めているのは「本質」だ。それを忘れてしまう。

展示は、たいてい「想像力の最も低い人」を基準にして作っている。
そうした上で自分のやりたいことをやり、表現したいことを表現する。そのスタイルはそれでいいと思っている。
今回は、そこから更に作品世界の表現方法を広げる手法を検討するための良い機会となったと思う。

いやしかし、あの映画はほんとうに良かった。まだ見ていない人は是非見てください。

想いとかそういう。

いつかの時点、とても近い過去に、想い続け、考え続けることが、私の命のあり方だと決めた。
それが間違えだったなら、間違えだったと気付くまで。

ただ、「想い」は、たとえ届かなくても、届かないなら届かないだけ、想い続けていることができる。
たとえ、決して届かなくても。
ただひたすらに、「好ましい」と感じるだけの心地よさ。
手に入れたいと願うような欲がないうちは、そしてそれを必要としない想いは、案外さほど苦労なしに抱き続けることができる。
誰かを嫌い、憎悪するよりも、それは自身にとっても相手にとっても心地のいいもので、さほどの苦しみを生まないからだ。
それが、ふとした不安を感じた隙に、途端に生暖かい温度を持ち、それが体温となって苦悩を生む。
もしそれを失ったら、失いたくない、そんな不安が、もしかしたら、苦悩になってしまうのかもしれない。
届かなくとも想い続ける、という決意が、そのときほんの少しだけ揺らぐのだ。

それが、友情でも、恋愛のような感情でも……。

私は昔からそうなのだけど、どうにも初めから「失う」ことを前提に考えてしまう。
それはかつては死別を意味していたのだけど、そこから徐々にただ心が離れていくとか、自分に対する興味を持たれなくなるとか、自分が興味を失うとか、そういった意味合いになっていった。
欲張りになったんだな。
少欲知足は常に心がけようとは思っていても、なかなか足るを知るっていうのは難しい。

何の話だろうね。

びみょう……。

先日変フェス会場で撮った写真。100枚以上あるんだけど、展示出来るかなって思えるのはやっぱりせいぜい5枚程度。この写真も展示はできないかな……。ちょっと違和感が強い。それにしても、このガラスが本当に良い。

私は手法が写真なだけで、創っているモノは絵だと思っているので、デジタルとかフィルムとかいうこだわりはないんですが、やっぱりこういうざっくりした作り方ができるのはデジタルならではですね……。それでもJPEG撮りっぱで、加工や色調補正をしたことは一度もないんですけど。

そんなわけで、人形ブログを4ヶ月ぶりに更新しましたのでよろしかったら見てやってくださいませ。

翼のない風、の、もう一人。

先日の写真展会場があまりにまったりしていた上、フォトスタジオをギャラリー貸ししてもらったってこともあって、ちょろっと本気モードで撮影をしてみたりなどしました。

しばらくずっと悶々と悩んでいて、ああでもないこうでもないと唸っていたのですが、どうしても「翼のない風」って作品で今回はぶんちょにされてしまった銀河さんが気にかかっていて、ちょいとファインダーの中に立って貰ったのです。

白夜、涼風、銀河っていうのは、実は3人でセットだったんですが、どうにもこうにも銀河さんが心を開いてくれなくて、コミュニケーションもおそるおそる取る感じでした。

それが……もしや、とおもって、凛くんにあげたはずの例のブローチ……を……(以下略

そんな感じで、「翼のない風」をもうちょっと練り込んでみることになりました、とさ。

昭和初期の医院を改築(?)したフォトスタジオ……今はもう手に入れられないという、昔のガラスが遮る日光は、独特の優しさを持っています。

白夜と涼風と銀河は、私がその昔小説で表現しようとしていた3人なんだけど、やっぱり人形にしてよかったなと思っています。そして、人形になったこの3人は、小説の中の3人とは全く別の個体なのだということも、最近わかってきました。

もしかしたら、わたしがあの小説の3人を意識して人形の3人と接していたから、心を開いてくれなかったのかも知れません。

いやしかし、銀河は表情というか、顔がまったく変わりましたねー。メイクも何もいじってないんですけど……。

まー…、そうだよねー…(笑)

変フェス2010無事終了しました。

皆様、本当にありがとうございました。去年のリベンジという意味では大成功だったと思います。大変濃厚な2日間だったので、レポートを書くと言っても筆舌に尽くしがたいのですが、何枚か写真を載せたいと思います。

会場外観。こんな感じでした。うっかり通り過ぎて道に迷う人が続出w

展示の様子です。こっち側しか撮ってなかったけど、ぐるっとイーゼルが10基並びました。この反対側がブルボンとコーヒーエリア。来場されたほとんどの方が数時間話し込んで行かれるという、まったりのんびりの会でした。

さんざん写真撮れない撮れない言ってたのに、2日目の空き時間に割と本気モードで人形撮影できてちょっと自分でビックリしてしまいました。やっぱり考え事が煮詰まってるってことは、もう撮るしかなかったんだなと。少し縺れた糸がほぐれてきた気がします。

この2日間遊んでくれたみなさん、本当にありがとうございました。このお礼はまた、作品でお返ししたいと思っています。

明日から変フェスですよー。

明日から、大森のスタジオクラシックさんで変フェスです。出展者は総勢12名? まあまあ集まりました。

いろいろ盛りだくさんでおもしろいと思うので是非いらしてくださいませ。

ご来場のご案内とかそういうのはフォーラムに書いてますのでぜひご一読を。

今回は去年の教訓を活かして作業をだいぶ出展者に振ったのに、体調がガタガタでやっぱり切羽詰まっています、ヒィ。

今日もメマイ酷くて午前休したのに、ヨレヨレになりながら自分の出品作品作ってたら火傷してしまった……痛い痛い……。

これから会社行ってきますよー…あんまり休めなかったからまだぐるぐるしてるけど><。

最近、実家に帰るたびにマシーに泣きついています……。そろそろいい加減ウンザリされている……トホ。

ところで、秋のデザフェスは出展しないことになりました。

このままデザフェスは出なくなっていくのかも知れません。少しずつ流れが変わってきたように思います。

なんにせよ、明日からちょっと踏ん張りますです。がんばろー。

出展者の皆さん、在廊される皆さん、どうぞ当日は宜しくお願いいたします!

北千住線

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えーあちらに見えますのが、北千住線第何番か鉄塔です(鉄塔ファン失格)

この気持ちが理解されるのは難しいと思う
だからいうべきではないのだけどつい昨夜あらぶりました
申し訳ない

かつての私の孤独や焦燥や苦痛を、上回る大きさの幸福と苦悩に苛まれているのです
成果というよりは、「しでかしたこと」だという思いはまだ消えないのだ
それに打ち勝ったとき、もっと大きな世界が見えるのかもしれないな

喜びの囁きで描かれたポストカード

先日、MySpace上でYFEのAlexからメッセージがあり、このドキュメンタリー映画のプロジェクトを知りました。10月に映画を撮りに日本に来るんだとか。そしてこのプロジェクトに参加して欲しいと誘われました。

時期もたぶん、体調的にそんなに悲惨な時期じゃないので、参加しようと思います。ちょうど展示会も空いている頃だし。まあ、デザフェスの制作時期とはちょっと重なるかもしれないけど、参加しなかったら後悔すると思うから。

今日はあまりに体調が酷くて、精神的な落ち込みもハンパでなく、心療内科に行ってから会社に行こうと思っていましたが、このプロジェクトの件ですこし精神的な落ち込みは回復したので、これから会社行こうと思います(遅w

ヒドイー!

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深夜に蚊の羽音と人差し指の激痒みで目が覚めたら腫れてた!
みるみる膨らんでいくよー(T-T)
昔からそうなんです、手は虫食われでめちゃくちゃ腫れ上がる。
ムキーッ!
こうなったらもう湿布するしかありません。

蚊はマジ天敵><。