エログロナンセンス展 はじまりました。

今日、北千住のおじゃら画廊さんに設営してきました。
台風が来てるってんでどうしようかとも思ったんですが、
最近行動の拠点が実家より居候先がメインになってて、
今日を逃すとちょっと他のことが何もできなくなっちゃうので今日。
結局、台風も熱帯低気圧になっちゃってそんな酷くならなかったですな。

展示してるのは、原宿に出す作品の一部です。
今日掛けてみたらちょっと作品数少ない感じがしたので、
留守番の時に足すかもしれません。
あ、留守番は11月6日のみです。
ご都合のよろしい方は遊びに来て頂けると嬉しいです。
たぶん一人寂しく作業してると思いますw

今日は搬入日とあって、色んな作家さんにお会い出来て楽しかったです。
やっぱり引きこもってばっかり居たり、
個展ばっかやって引きこもって居ないで(結局ヒキコモリw)
企画展とかアートフェスに出て行くのは大事だなと思います。
これからちょっと頑張って、他の作家さんの展示も見に行きたいです。

台風ダヨー。搬入ダヨー。


↑ブレッブレですねん……。
最近乱視が酷くなってて、ぶれてるのかぶれてないのかも解らなくなってきたので眼鏡屋さん行かねばなーと思ってます、くすん。
とはいえ、これろうそくの灯りしか光源なかったんで、シャッタースピード酷かったんですがねwww

さて、明日は強い台風が接近しているようですが、おじゃら画廊の搬入してきます。
今作業してますが……今日は寝られるのかなぁ……ははは……。
ちゃんと寝ておかないと明日の搬入とか移動とかが厳しくなりそうなので、ちゃちゃっと片付けて寝ようと思います。

個展のDMようやく作りました…。

12月の「王の風葬」のポストカードDMをようやく作ったので、今日入稿しました。
来週には納品されるんじゃないかな。って、来週はおじゃら画廊の搬入ですね、ヒィ。
例によって、DFG原宿さんにも設置して貰いますし、
TOPページにリンク貼ってある申込みフォームからお申し込み頂ければ郵送いたします。
いつも届いてる方には、問答無用で届きますw

今日はおじゃら画廊とDFGで展示する分をガッツリ撮影したのですが、
やっぱり少しずつ基盤が出来てきてからの絵づくりが一番スムーズにいきますな。
そして、やっぱり自分がやってることは写真じゃないんだよなーと思ったり。
人形写真展、って冠つけるのやめようかなってちょっと思いました。
手法が写真なだけで別に写真撮ろうって思ってやってないし、
写真展示してますって感じでもないんだよなーって。
まあでも、手法が写真だから写真展でいいのかなぁ、と、めんどくさくなってそうしちゃうんだけど。

明日は、渋谷にYFEの映画撮影クルーと会ってきます(´ー`)ノ

相変わらずの肩凝りですので。


↑「あずきのチカラ」ってやつ。もっふもふなの。
最近、寝る前にWEBの作業するときとか、チンして肩に乗っけてます。
でもこれ、温め方調整しないと、蒸気がわっさわっさ出てあちちになるよ。
まーでも、これからの季節寒くなるし、なんとなく気持ちいいし、ちょっとお気に入り。
レンジから出した時のもふぁっと来るあずきの香りが特にお気に入り。

明日から作業をしに本部に帰ります。
また少しずつ、創作に復帰出来ている気がしてますが、
もうちょい焦らずゆっくりを心がけながら、ゆるやかに活動再開していきたいと思います。

芸術の秋、悩み事の秋、考え事の秋。

もっと、わたしに力があればいいのに。
許す力、守る力、自分を抑える力、それから表現力や、そのほかのもっと現実的な力も。
以前よりも強く、時間が足りないと感じる。
それはかつてよりは大きなスパンにはなったのだけど、それでもずっと抱えてきた、この漠然とした不安と焦燥はより強くなったみたいだ。
その理由は解っているけど、ことばにするのはとても怖い。

もっと緩やかに、歩いてる間は気がつかない程度の坂道を下っていきたい。

「愛」や「こころ」について、再び考えている。
私は「愛している」ということばが嫌いだし、それを使う人のことは絶対に信用しない。
「愛」ということばに、ヘビィな意味づけをしてこだわっているわけではなくて、単にそれはラベルだと思っているからだ。
愛も、こころも、物体として存在することがない。
それはコンテクストに前提づけられた、相互関係の中にあって、互いの関係や現象や行為、行動をアカウントするための材料で、実体がない。
実体がないから信用出来ない。だからラベルを貼るのだ。
しかし、ラベルに意味がない、と言うことはできない。
だが確かに、私は「愛」ということばが嫌いだ。それを使う人も嫌いだ。

私は「愛」を切望している。飢えていて、それを知りたいと思っている。
「愛されたい」のではなく、なにか、もっと大きな「愛」「こころ」というものを、知りたいと願っている。

私は、「愛している」ということばを使いたくて仕方がないのだ。

悩み事の、秋である。

暗い話。

世の中には、痛くて苦しいことや、悲しいことがいくらでも転がっている。
小説より奇なり、なんて言葉があるように、現実にはまるで想像もできないような、予想もできないような痛みが山のように存在している。
だからその当たり前に存在している痛みを、あえて創作表現の作品として形にすることはないと思っていた。
それをすることは表現者の役割でないと。
ただ、それをする表現者は多い。
その理由はそれぞれに違うだろうし、理由なんかないかもしれない。
しかし、それが果たして必要なのか、とか、自分がそれをするべきか、したいのか、とかいうことには、いつだって疑問を持っていた。
特に、自分がそれをしたいのか、したくないのか。
それは本当に長い間、答えが出なかった。
出なかった、というのは少しおかしい。今だって本当はよく解っていない。
自分の中にあるたくさんの痛みを、痛みの形を残したままで作品に起こすことが、私の創作活動において本当に必要なのかどうか、私にはまだ判断が付かない。
ただ一つわかっていることは、もし自分が「そうしたい」と思ったのなら、考える前にそうすべきなのだし、もしあとで「それが必要ないことだった」と思っても、それはその時点に到達するのに必要な過程であったということだ。
すべての作品がゴールである必要はなく、かえって作品とは、全てに於いて「通過点」なのだと思う。

先月、祖父の弟という人が施設で息を引き取った。
彼は私が中学生か高校生ぐらいまで、今の実家で生活を共にしていたが、祖父が亡くなって老人ホームに預けられた。
精神的に不安定な人だった。結婚もせず、黙々と工場を手伝い、工場が廃業してからはどのような生活をしていたかほとんど記憶にない。
ただ、同じ屋根の下にいるあの人が、私にとってはとてつもない恐怖の対象で、また憐れんでもいた。それは見下していたと言ってもよかった。
彼が何かの苦しみの中にいると気づきながらも、彼を卑下していた。彼は苦痛から逃れようとはしたが、戦おうとはしなかったように見えた。
彼は工場のガラスを割り、祖母をベルトで殴った。2年前に亡くなった父が、彼を力ずくで取り押さえる場面も見た。

私は、確かあの時に知ったのだ。うまく言葉には出来ないけど。確かに、あの時に私は「それ」を知った。

彼の葬儀はなかった。火葬だけをした。祖母と母にくっついて、私も立ち合った。
ほとんど骨と皮だけになった彼は、かつての面影がほとんどなくなっていたが、それでもかつての彼の顔だって大して覚えちゃ居なかった。
彼は粛々と焼かれて灰になり、実に何年ぶりかで実家に帰ってきた。
その晩、祖母と母と3人で盛大に酒を呑んだが、私はその時に迂闊にも大号泣してしまい、母と祖母を戸惑わせた。

私とはさほど近い血縁でもなく、さほど共に生きたわけでもない、その彼の死が、なぜこんなに私を泣かせるのか、彼女たちには解らなかったからだ。

彼の苦痛が、今になってよくわかる。
もはや、取り返しがつかないのだ、と思い知る場面は私の人生に於いてもう何度となく訪れていて、それが私を創作に向かわせるのだけど。
今までの私の時間に於いて、最も大きな負の力を私に与えたのが、あの人だった。私はそれを知ったのだ。
そして、そのために私が今これだけの活動を展開できていることに関して、私はもはや感謝を伝えることも出来ない。

身近にある苦痛ほど、ほとんど気づくことすら難しい。
それに気づくことさえできれば、取り返しのついたことだってたぶんあるはずなのに。
後悔ばかりの人生である。

この季節、夕暮れの空ってのがいい色。

ご主人様に横浜に連れて行って頂いて、フカヒレなんぞを頂いて参りました。贅沢。
たくさん歩いてヘトヘトになったけど、お腹いっぱいでございました。もふぅ。

さて、昨日からもにょもにょやっていた展示会案内ページですが、なんとか作業が落ち着いたのでインデックスからもリンクをはりなおしました。こちらです。

右のメニューから、過去開催分の案内ページも見ることが出来ます。
レポートページはまだ稼働していませんが、今後開催の展示会が終了次第、都度レポート写真をアップしていきます。
各展示会の案内ページからも、それぞれのアルバムにリンクをはるようにしようと思っています。

更に近況。


DFGのアレ2。

最近、職場でテキストファイルが一枚の絵に見えるという現象に頻繁に遭遇します。
ゲシュタルト崩壊の先にあるものっていうか、未知の宇宙を見てしまった気がしてなりません。

さて。
去年、尺八奏者の入江要介さんを撮影させて頂いて、フォトギャラリーにも数点公開しているのですが、最近、入江閣下から「写真使ったよ」っていうご連絡を頂き……。
公式サイトと、某雑誌に使って頂いておりました……ありがたい……。
自分が撮った写真が普通に本屋さんに並んでいる雑誌に載る日が来るとは思わなかったもので、会社帰りに超ハイテンションで購入してきてしまいました。わーい。
入江閣下、ありがとうございました。また撮らせてください。えへへ。

一方展示のことですが。
第12期の締めが12月の個展ではあまりに早すぎる締めになってしまうなと思って、今から参加出来るイベントか企画展はないかと探してみました。
そしたら、1月に新宿眼科画廊さんで開催される企画展が定員まで1名ってことで、エントリー。
新宿は初めてです。不安もいっぱいですが、少しずつ原宿を出て行かないとね。
このへんのご案内はまた後日いたしますね。
Facebookのほうではすでにイベントボックスに入れてありますけど。

あ、そうそう。
その展示のご案内ページがどうにもイケてないなとずっと思っていて、現在調整作業中です。
またWordpressかよって感じですが、やっぱりブラウザで編集出来るようにしちゃいたいなと思って……。
来年2月からの第13期には、もうちょっとタイムリーに、そして私も楽に更新、編集ができるようになってるんじゃないかなと思います。
未だ試運転箇所の多いサイトで申し訳ないですが、時間かけても充実させていきたいと思ってますので、長い目で見て頂けるとこれ幸いです。

徐々にこう、展示などオフラインでの活動がメインになってきているので、サイトがないがしろになりがちでアレですな。
そもそも私の表現活動はWEBから始まったようなものなので、オンラインでの活動もパリッとやっていきたいと思いますです。
ほんとにそう思ってるんだよ……めそり。
こう、WEBならではのメリットとかデメリットとかを考えつつ、より良い発信の仕方ができるように試行錯誤してる最中でもありますが……。
今後ともNVSをオンオフともに楽しんで頂けるように頑張っていきたいと思います><。

徒歩通勤。だとか。

DFGカフェの、アレ。

会社まで本当に片道30分歩いて通ってます。まだ2日だけど。
元来歩くのが好きなので、別に苦ではないんですが、さすがに乳酸が溜まってきました。
いつまで続くやら、です。そのうち自転車買うかもしれんね(´・ω・`)

ま、でも、歩くのは良いことです。歩くのは好きです。
考え事をしながら歩くのは好きじゃないです。
私が歩くのは、大体考え事が煮詰まっている時。
歩いているときは、何も考えない。ただ手足を動かすだけ。それが良いです。

今度の仕事は単純作業も割とあるもので、少しずつ創作の考え事なんかをしています。
休み時間は余裕があればノートにガリガリ落書きしたり、考え事をまとめたりなど。
今までは、仕事が終わるとすぐ満員電車に揺られていたので、考え事がダラダラ続いてしまっていたんですけど、長距離歩くとそれをいったんリセットできる感じです。

このまま徒歩通勤を続けて、健康になれたらいいなーとか、思ってます。
やっぱり健康には憧れますにゃー。

歩いた。

えー、日付詐欺です、こんばんは(笑)

3連休全部どんより雨天なのかと思っていたのですが、日曜日の午後から何となく晴れ……体育の日はいい運動日和となりましたな。

てことで、明日(?)からお世話になる会社まで歩いてきました。時間を計りながら。なるべくのんびり歩いてみたのですが、大体30分強……。うーん、歩ける。

きどうさん健康体化計画です。

三沢川をバックに、あれに見えるは例の遊園地。うーん。

……まわりは畑と芝生だらけじゃよ。健康になりたい。