おさけヽ(*´ー`)ノ

最近、ちょっと大人の階段をのぼったので、
焼酎が飲めるようになりました。

とはいえ、乙類はまだ米しか飲めないんだな。
大人の階段はまだまだ先があるようです。


ウマー。
そもそも日本酒スキーなので、米焼酎は飲めて当たり前なのでした。

大学時代には、主にネットの集まりでお酒をよく飲んでいたのですが、
新卒で就職した会社がまあ、アレで、さっぱり飲酒をせずにいたら、
それ以来すっかり下戸になってしまいました。
そんなもんでお酒自体もちょっとあんまり好きじゃなくなってしまって、
どんどん飲まなくなって飲めなくなっていたわけですが、
最近思うところあってまた飲み始めたんですよね。

まぁ、おいしく適度に、は基本として。
たとえ休日でも、創作活動第一、は基本として(笑)
やっぱり飲めないよりは、楽しく飲める程度には飲めた方がいいなー、
など、思うのでした。

朝日が眩しかったぜ。


新宿のタリーズで創作ノート書きながら友人待ち。
この後、およそ10年ぶりにオールで呑みました(笑)
いや、気づいたらもう終電?なにそれオイシイの?っていう時間で、
じゃあ朝まで呑むしかないでしょっていう。

最近、創作は煮詰まってるわ、展示は近づいてくるわ、
仕事は忙しいわなんやかやで、ストレスばっかり溜まってまして、
状態としてはやや、鬱傾向。
体調も「何となく悪い。原因はわからない」=ストレス? っていう具合で。

去年はそんな状態になっても、とにかく常に目先に展示があったし、
それだけ「創れる」状態だったんでまだ良かった。
今は、昨年デトックスしちゃったせいで、もう持ち駒が何もないんですよね。
とにかく腰を据えて掘り下げたり、あるいは一旦目を離して、
降りてくるのを待つ間、精神状態を整えたり、したい。
ただ、整えられるような状態でもないわけで。

……で、去年お誘い受けてもお断りしちゃってた呑みとか、
行きたくても行けなかった他の作家さんの展示とかに、
積極的に出かけてみようかなと思ったのです。

そんで……早朝7時に帰ってきて、寝て起きてうすぼんやりとしてたんですが、
頭の中に何十枚と四角く切り取った昨夜の街とかバーの画像がありましてね。
カメラは持ってたけど撮ったのなんか上のあれぐらいでw
頭の中にね、その空間とか時間を切り取ったものがたくさん保存されてて、
それをコーヒー飲みながらぼんやり再生してたら。

……あぁ……

なんか降りてきたな……

っていう。
この感覚本当に久しぶり。嬉しい。
息づいてることをしっかり確信できる、数少ないタイミングだから。
これからの創作は、本当に去年までとはやり方が違ってくるんだなって、
それを強く感じました。

いやしかし、ほんとう楽しかったな! また遊ぼうね~ヽ(*´ー`)ノ

チョコレートカフェ。

去年の夏、っていうと物凄く昔のような気がしてしまうのですが、
確かにもう半年前……。
NVS主催のグループ展「変フェス2010」っていうのがあってですね。
「30万画素デジカメ限定」という何とも鬼畜なグループ展だったのですがw
お誘いした方、立候補してくださった方、
皆さん信頼した通りの素晴らしい作品を持ち寄ってくださいました。

でね……。
そこに参加してくださったシュウさんの作品。

これ、うしろに小説が書いてあったんですよ……。
読めないように作ってたんだと思うんですが、読めなくて……(笑)
読みたい読みたい言ってたら、シュウさんがUPしてくださいましたヽ(´ー`)ノ

これは是非読んで頂きたいので、ネタバレにならない程度に感想をば。

まず、パネルの作品を先に拝見していたわけですが、
たぶんこの隠された小説の存在を知らなくても、
感じるストーリーというか、物語のようなものを感じる作品だと思うんです。
だからこそ、こう、小説の存在を知ってしまうと、
尚更に気になってしまうというかw

で、小説を読ませて頂いて……。
(といっても、これも全部ではないようなんですが)
読み終わってから改めてこの記録で撮った写真を見たんですが、
作品の奥行きが一段とこう、グッときて、ガッとした感じがしました(何

何気ない、はずだった、出会い。とか。
だからこそ気づくことがなくて、ある時ふと重要なことに気づいたりとか。
断片、断片の話を、脈絡なくボソボソ聞いているうちに、
あれ、それって……ってなってしまって、でも言い出せないアイコンタクト。な。

何かいろいろ、読んでいて情景の膨らむ小説でした。
続きがあるなら読みたいし、なくてもこれだけでも十分、
作品としてこれは深いものだなーと感動しつつ読ませて頂きましたですよ。

「チョコレート・カフェから……」というタイトルは、
実は自分の作品のために考えていたものでした。
ただ、これからの自分の作品や創作の方向性とはどうしても違ってしまって、
もちろんそれに合わせて再構成することもできるけど、
それをするには労力がかかりすぎるような気もしていて。
で、この作品はもう創らない、って決めたんですけど、
グループ展のテーマとか考えてるときにふっと出てきたので、
ポイと使った……という経緯だったんですよね。

「Dolly Doll」の初期作品と同じような系統だったので、
外面的には明るくて可愛らしいものが内包している闇だとか。
その裏にあるのではなく、その明るさや可愛らしさを外皮として、
内部を構築している黒い感情や連鎖、なんてもんを、
それとなく出して行きたかった、的な。
今考えると大変底の浅い作品だったわけですけどもw

だからこれを練り直そうとすると限度があるし……。
そんな練り直す前から限度が見えてるようなものを作品に仕上げたって、
結局はたかが知れているわけですよね。
それでやめてしまったんですが、このタイトルからの連想で、
ここまでの作品を創ってくださったことには素直に驚嘆しました。
何しろ、多少の愛着はあるにせよ、自分が「これで創る」ことを諦めた言葉だったから。

そんなこんなで……。
もちろん、出展してくださった皆さんそれぞれに大変ハイレベルだったんですが、
その中でも、継続して発表してくださったシュウさんに、これからも目が離せないw
本当にありがとうございます。
この作品はシュウさんの作品として、これからも成長していくんだろうな、と。

そしてもし何かで発表されることがあったら、ぜひお手伝いさせてくださいヽ(*´ー`)ノ

出会い。

因果応報。諸行無常。四苦八苦。
……愛別離苦や、怨憎得苦。
あるいは、互いを「個体」として認識した上で、
両者の間になされるインタラクションだとか。

出会いって何だろう。

四苦八苦で思い出したんだけど、いつだったかの特別なお友達が、
「4かける9と、8かける9の答えを足してごらん、煩悩の数になるから」
って言っていて、なるほど、それはなかなか面白い。
単なる言葉遊びですけどね。
その人とはたぶんもう二度と会う機会もないけど、
それでも、それも確かに出会い。

出会いってなんだろう。

ある時まるで突然に訪れ、それきりだったり、
長く長く続く温かな友情や愛情をもたらしたり、
癒すことの難しい傷を心や体に刻みつけたり。
それは私たちの日常に、まったく無差別に訪れる。
……死と同じように。
あらゆる「生」もまた、突然に私たちに降りかかる。

出会いって、なんだろうね。

なーんて。

今日はどうにも具合が悪くてヨーグルトさんでおゆうはん。
たぶん昨日の疲れです……休めば良くなると思う、うん。

もともと体は強くないので気を付けてるつもりなんですが、
どうもまだ体力を過信して無茶しちゃったり、
休むタイミングを逃して動き続けちゃったりします。
昨日は特にそうだったなぁ……。気を付けないと。
でも動かざるをえない時もあるし、なかなかうまくいかない……。

展示の時とか制作の時は、普段からは考えられない動きをするので、
「その体力を普段から発揮しなさいよ!」って言われる。
けど、作品に関わってる時に発揮されてるのは体力じゃなくて、
創作意欲とか気力なのですよね……。むしろそれだけ……。
つまり、その時点でもう体力は尽きているっていうことですが(笑)

感覚だとか認識だとかもにょもにょ。

世界のあらゆる存在は信頼出来ない。
私たちの感覚は感覚器官に依存し制限される。
その感覚を離れて、私たちの外に独立する存在と、
私たちの感覚器官が認識したそれとは一致しない。

ということは。

世界中のあらゆる人が認識しているそれと、
世界中のあらゆる人の感覚を離れて、
独立して存在しているものとは一致しない。

うーん。

なんか書こうと思ったんだけど、
後ろで流れてるサスペンスが騒がしくて忘れてしまった。

なぜかね。
大学時代に買った本の中に紛れていた、
ヤスパースの「哲学入門」を読んでいます。
なんでこんな本買ったのか覚えてないんですが、
スッタニパータとかお経の話とかに紛れて。なんか。

ヤスパースを読むに当たって、ちょっとネットで調べたんですけど、
その時にヤスパースの批判を書いている方が居て、
それを読みながらも唸っていたんですが……。
今実際にヤスパースを読みながら、やっぱり唸っています。
うーん。

……やっぱ、仏教の復習と同時進行しよ……。

プリンスとか王子とかに囲まれる休日。


そういえば、先月3歳になりました。まだまだ甘えん坊。

今日は実家で自堕落にトイプードルと戯れたりゲームしたり、
ひたすらツイッターのタイムラインを眺めて過ごしていました。
夜に居候先に移動するつもりでしたがその気力もなく、
明日の朝移動することに。
どうせ今夜移動したって寒さで疲れて明日午前休するに決まってるんで、
だったら午前休して明るい時間に移動した方がいいでしょってことで……。

やることはいっぱいあるんですけど、どうにも元気が出ませんでした。
あ、いや、まあ、あの時間まで日本酒呑んでればねwww
二日酔いで一日潰すとか何時ぶりだろうか(笑)

とりあえず、二日酔いが治まってきた頃に、先日折った王子の腕を修理。
内部骨格パーツを取り寄せてたんで、外してた腕パーツから折れたのを抜いて、
新しいパーツと交換……って、簡単にできると思ってたらなかなか。
ボディ分解図を見ながら悪戦苦闘してしまいましたよ。うーん。
しかしこの元々ついてたパーツ、可動部分がさっぱり動かなくなってて、
こりゃちょっと力こめたらポキッといくわ、と。
交換したパーツはちゃんと動きましたけど、
各可動部分に、556しておいたほうがいいかもしれません。
真白もね……。
1/6の子たちはそうでもないですけど、1/3の二人は関節が固くなりがち。

しかし、王子は顔がちっちゃい……。
真白が大きいんだな、たぶん……等身低く作ってるはずだから……。
この二人は同じ画面に入れようとするとかなり厳しいです。
そんな機会もないとは思うけど。

最近、実家に帰る度に王子王子ってべたべたしちゃうので怖がられてる気が。
あれどっかで聞いたなこんな話。いつものことです。
さて、彼がこれからの作品の中でどんな表情を見せてくれるのか、大変楽しみ。
彼との静かな静かな対話の時間が、とても有意義。
そして、彼が彼である、という証明をいくつも発見しています。

そうそう、今日は王子と作品を創りに行く場所も探していたのです。
結果、見つけたんだけど……一泊じゃ厳しいな……っていう場所……。
制作の前に立ちはだかるいくつもの壁(笑)

がんばろー!><。

呑みとゲームの日。


別撰特別本醸造「越乃寒梅」と、かがみもち崩して揚げたやつ。
ただでさえサラサラしたお酒なのに冷酒で呑んでたら、
ぐいぐいいっちゃって危険な予感が……。

昼間からビール飲んじゃったし今日はもう呑もう!
と思ってたらこんな時間まで一人で部屋呑みとかどういうことw

いま、DFG原宿のアートピースで見かけた亜夜月(あやつき)さんの、
恋愛アドベンチャーゲームをプレイしながら呑んでます。
「Crescend」と「nix~聖羽祭の贈り物~」っていうのをDLして、
いまそれぞれ1ルートずつクリアしたところ……。

最後にやったゲームってなんだっけ。たぶんベヨネッタ。
恋愛系だと……シルバーカオスか、少年たちの病棟かなぁ……。
って、恋愛系はBLの画面が肌色系しかやってないのかよとw
それ以前だと、アンジェリークとかときメモとかなんですよねー。
ゲーム自体あんまりやらないので……。

まあ、最近は制作とか創作の考え事があって、
ゲームなんかやってる場合じゃないっていうのが本音なんですけど。
元々ゲームにのめり込む方ではないので、
気分転換に使うぶんにはちょうどいいと思っています。

亜夜月(あやつき)さんのゲームは、既製のゲームとは違って、
創作者目線でプレイしてる感じがあります。
もちろん、純粋に楽しんでもいるんですけど。
とりあえず全ルートクリアしたいと思うほどには、私は楽しんでます。

少し残念なのは、やっぱり製作者コメントでネガティブな発言が目立ったこと……。
こうして発表してる以上は、もっとポジティブなコメントが欲しいなって思いました。
たとえ自分でそう思っていてもね……なるべく言わない方がいいのかなって。
発表するのはやっぱり誰でも怖いものだと思うし、
自信満々で作品を出してくる人なんかかえって信用できないもんだけど。
謙虚になるのと自分を卑下するのは違うんじゃないかなって思いました。

っていうのも、ちょっと今日落ち込むことがあって、
それでこれだけお酒飲んでるんですけどw
でもこの方のゲームをプレイして、すこし心が温まったというか、
すこしふんわりして、救われた気がしたんですよね、元気が出たっていうかね。
だから、ね、うーん。この辺は難しいですね。
そういう、自分のことや自分の作品を過小評価してしまう気持ちは解るもの。

作品の価値を上げるのって、必ずしも技術とかテクニックじゃないですよ。
もっとこう、作品に力を持たせるものって、あるんですよ。
技術だのなんだのなんて、学校で教えてくれることなんで、
私も教えてもらったことはないですけど、
でもそれって、頑張れば習得出来るものなんですよね。
でもどんなに頑張ったって習得出来ない「力」ってあると思う。

一瞬でもどん底まで落ち込んだ気持ちを、
楽しく一人で(笑)呑めるまでに引き揚げてくれた作品に、
それが何もないとは思えないんですよね……。

って思って、ちょっと残念に思いました。

でも、これからどんどん絵を描いて、お話しを作って、
頑張っていって頂きたい作家さんだなって思いましたよ。

さーて、もうちょっとプレイしたら寝よう(笑)

病院~作品引き取り~撤収

今日は、心療内科に行ってから、新宿眼科画廊さんに作品引き揚げ、
のち、DFG原宿のアートピースの展示作品を撤収してきました。
これで、来月の個展が終わったら、もうしばらく展示はありません。
去年、かなりの回数展示をやって駆け抜けたので(笑)
ちょっと寂しい気もしますが……。
今は、じっくり自分と対話して制作に打ち込みたいと思います。

心療内科では、頓服から朝夕服用になって1日3回服用になっていた、
精神安定剤がまた朝夕服用に戻りました。よかった。
実際には朝と昼に飲んでいて、どっちも半分に割って十分なので、
次の診察ぐらいで頓服に戻るかも。戻ると良いなー。
でも春ぐらいにまた落ちる気もする。
どちらにせよ、あまり気負わず治していきたいです。

それから大江戸線で新宿眼科画廊へ。
そういえば、ミラクル☆トレインなんてアニメもあったなーw
あれどうなったんだろ。どうにもなってないのか。
やっぱ、月島さんが一番好きだったなー(笑)

新宿眼科画廊さんでは、グループ展に出させて頂いていたのでした。
お越しくださった皆様ありがとうございました。
私はアーティストトークにしか居られませんでしたが……。
眼科画廊さんもありがとうございました。
またぜひよろしくお願いします。

そして原宿。やっぱJR原宿駅からDFGは遠いのう……。


ちくしょう、みんないちゃいちゃしやがって!(全員カップルに見える(笑))
私の恋人は作品とギャラリースタッフさんなんだ!!!
とか思いつつ(いっぱいいる上に今日はフタマタだ)。


ちくしょう、みんないちゃいちゃしやがって!(何w

DFG、今日は何だか静かでしたなー。土曜日だったのに……。
おかげで梢さんとたくさんお話ししてしまったー。
お仕事のジャマだったんじゃないかしら。しょんぼり。
と、毎回賢者モードに陥ります(^^;)

撤収するには早い時間だったし、疲れてたし朝から何も食べてなかったので、
DFGカフェで遅いご飯を食べることにしました。
で……朝から何も食べてないのにビールw
昼から呑む酒はうまいですなー。

で、この後ろ姿はナイジェルw
しばらく姿を見てなかったので、久々に会えて嬉しかった。
が、しかし! 手元のコップの中身がミルクじゃないことは解っているぞ!(笑)

ナイジェルに「Try」って言われたんで一口もらったんですけど、
半分以上ウォッカでしたwww 酷いwww

で、ナイジェルと乾杯して、(あの「チューズ!」っていうの好きだな)
お昼ご飯を待つ間ちょぼちょぼハイネケンを呑んでました。
ご主人様と呑むときはエビスだのチンタオだのが多いんですが、
一人で呑むときはだいたいハイネケンです。
別にこだわってるわけでもないんですけど……。
かつてのボーイフレンドがあっちの方の人が割と多かったんですよね。
それで、呑むときは勝手にハイネケン渡されてたんで、
なんとなく今でも一人の時はこれにしちゃいます……。
なんか、落ち着くので……。


出展者専用メニューの時間過ぎてたのに、
無理矢理作ってもらった焼きうどん(しょうゆ)。
うまうまでした。ほんとありがとうございました。
てか、ほんと無理に作ってもらってすみませんm(;_ _)m

結構な勢いで焼きうどんを平らげてから、ハイネケン持ってうろうろ。
また梢さんのお仕事のジャマをしつつ、パンダさんの展示見つつ。
カフェのカウンター座って話し込んだのも初めてでした。
楽しかったー。

今日はほんと楽しいお酒飲めました。
本当はちょっとイライラしてたから「アルコールじゃい!」つってw
ビール飲むぜー!って飲み始めたんですけど。
やっぱお酒は楽しく飲むのが一番ですね。

いやしかし、明日の移動が夜になるのがわかってたら、
今晩中野のよみうさナイト行けたのになー。
ちょっと残念。
うみまるさんにお会いする機会をことごとく逸しています……。
次回は行きたいな。

仕事の合間に思い出すこと。


えっちゃんで撮るような絵をミュータフで撮ってみたけど、
ミュータフさんはすっかりオート以外使えなくってこんなんです……。
……えっちゃーん……。
ちょっとミュータフさんもちゃんと説明書読もうと思います。
ツーリング用に頑丈で軽くて薄いコンデジって思って買ったんで、
あんまりこう、使い込むつもりも……なかったんですけど……。
やっぱ、自分の道具としてかったからにはね……使います……。
でもマジックフィルターモード?みたいなやつ……あれ、いらない……(コラ

ところで、ようやく昼間の仕事の忙しさに慣れてきて、
(仕事の量は全然減らないどころか、本日伏兵の存在すら発見)
徐々に考え事をする余裕が出来てきました。

で……最近聞いた「これで縁を切るってことですか?」って言葉を、
苦い気持ちと共に思い出しておりました。
縁っていうのは、こころだのいのちだのと同じようなもんじゃないかと。
物質としてそこに存在?実存?してるわけじゃないので、
物理的に切ったり繋げたり出来るもんじゃないと思うんですよね。
だから簡単に口にすることじゃないと思うし、
逆に簡単に口に出来るっていうことは、
こう、物理的に切ったり繋げたり出来るものだと思ってるんだろうな。
って、思うんです。

で、いのちだのこころだのっていうのは、それ単体として在るんでなく、
たくさんの要素であるとか状況であるとか状態であるとかの、
関係や全体を見たときに認識されるもので、構成されるものだ、と。
また、それがある思考や感情の中で再構築されていくものだ、と。
思ってて、先日の新宿でもそれを言いたかったのに言えなかったんですがw

縁って、確かに「縁」として感じるけど、それは一方的じゃないですよね。
双方で感知して、確認して、「縁」と認識するので。
縁を切る、って言葉を激しく否定したのは、私が縁を感じていなかったから。
だと、いうことまで、説明するのもどうかと……。
だから、自分とこの話と絡めて記事にしたわけですけど。

いのちを感じたことがなければいのちについては解らない。
それはこころに関しても同じ、縁に関しても同じ。
とてもとても身近なことだけど、恐ろしく遠いような、不思議な事柄ですね。

私は以前……もう5年も前になりますが、ある間違えを犯しています。
ある人のことをとても好きになって、お付き合いをして、
とても好きになっていたつもりだったんだけど、
そういう状況に居ることに執着してるだけだと気づいて。
でも、意地があって(笑)別れることもできなくて、
でも別れなきゃダメになるってことは理解していた。
そんなときに、傍にいてくれて、お互いに、確かに支え合えていて、
抱きしめ合えていた、あの時確かに親友と呼べていた年下の子に、
酷い言葉をかけて、突き放して、関係を断った。

ぬるいぬるい湯に浸かってるような状態でした。
会えば会うほど、知れば知るほど、絶望して、失望して、
泣いて泣いて、それだけの日々の、何が恋愛か?何が幸福か?
でもその状況に執着していた。そんなことがありました。
その時はその世界しか見えなくて、見たくなくて、
そこから確かに抜け出させてくれたであろう、彼女の、
さしのべられた手を取ることが恐ろしくて恐ろしくて、
その恐怖に負けてぬるま湯の中に帰って、そしてほどなく全部が壊れた。

だから、先日あの言葉を聞いたときに感じた苦い思いは、
その時の自分を思い出したから、だと思う。

確かにそこにあった「縁」を、そうと知らず断ち切ってしまうこともある。
そしてその時の私は、こころやいのちというものが、
何かカタチや質量をもつものとして、どこかに存在していると、
そう、信じていたんです。

なんかね。
叶わなかった、もしかしたら叶ったかも知れない、
「隣にあの子のいる現在」を、最近考えては胸が苦しくなります。

創作の考え事など。


こないだ原宿でミュータフ振り回してた時のフォルダ見たらこんな画像があった。
なにこの不安感の滲み出てる雰囲気(載せるなよ。

ところで昼間の仕事の方が突然忙しくなって、
仕事中に作品のことをグルグル考える余裕もなくなってしまいました。
単純作業といったら単純作業なんだけど、
考えて仕事するっていうよりは、意識が飛ぶ感じ。いかん。
何とか楽に進まないかなと思って、Ms-Accessで即席アプリ作って、
それで作業すすめてたんですが、進めた分だけ次の作業が降ってくる状態。
いや、むしろ降ってくる方が多いかも。うーんうーん。
仕事してない時間はなるべく作品のこと考えたいんですが、
そんな感じで疲労は溜まる一方だし、体調も良くないので連日撃沈。

そんな中、ちょっと考えてたことがあって。
たぶん昨日はそれを書こうとして思い出せなかったんだと思うんだけど……。

とある写真やってるという人に、
「時間かけたものが良いものとは限らない。
むしろ何気なく撮ったものが良い写真になる」
ということを言われたことがあって、半分は同意するけど半分は無理だなって。
それも、たぶん「何気なく」っていうのが私が思ってる意味とは違うと思うから。
どんなに時間をかけても、良い作品が出来るとは限らない。
けれど、何も考えず気軽にお手軽に作った作品が、良い作品にはなり得ないでしょう。
その方の作品を見る限り、まあ、見栄えはいいよね、っていう以上は、
何も感想が出てこなかったので……そうだよなぁ、仕方ないよなぁって思いました。
仕方ないです。
私には見えないだけかもしれないし、何かあるのかもしれないけど、
でもやっぱり私には見えなかったし、お話ししても何も得なかったんだもの。

あるいは、作品の制作過程ばかりを話して聞かせてくれる方がいて。
私は別にそんな話を聞きに来た訳じゃないし、
かといって作品から感じるモノもないし、
やっぱり何か話題にしようとしたら、制作過程の話しかできないなっていう。
何か想いがあって創ってるのかも知れない。
それが私には解らないだけかも知れない。
私には見えないだけかもしれない。
でも、やっぱり見えなかったし、得るものも何もなかった。

そういうものに遭遇するたび、自分の作品のことをどうしても考えて。
私の想いとか、作品に持たせたつもりの力とか、そういうものも、
見えない人にはやっぱり見えないし、解らないし、
せっかく展示会に来て頂いても何も持って帰って貰えない。かもしれない。
それは、今までの活動を通して、見てくれて、解ってくれる何人かに、
出逢って、話して、互いの作品を見て、理解を深める、という、
とんでもない幸福に恵まれたからこそ思うことだとは、解ってる。
だからこそ、この想いは作品というカタチを持たせて良いものだと確信するし、
創作活動は続けていっても良いのだと自分を許し続けられる、わけです。

けど、そうやって作り続けているうちに、
奇をてらいはじめてしまったり、作り込み過ぎてしまったり、
そうしてどんどん本質を失っていってしまうことがあって。
あるいは、失ってしまうんじゃないかという恐怖で作れなくなってしまって。
ちょうど、そんなところにさしかかっていたから、
今のこのエネルギーが底をついてるんだぜ状態っていうのは、
あるべくしてこうあるような気もしておるのです……。

良い作品とは何か、ということを最近自分に問うています。
見た目がきれいなものでも、今まで誰も創らなかったものでも、
何かと何かの融合でも、ただ大きいものでも、珍しいものでもない。
一つだけ今、思っていることは、
「良い作品とは、根源的に『私自身』であること」ではないかと。

なんじゃ、ないかなぁ……。

まだまだよくわかりませぬ。