おきゅう。

ダメダメな自分にお灸を据える、って意味もなきにしもあらず(何w

先日、細く長く通っている鍼灸院のゴッドハンドMさんに、
「首凝り酷いですねー、なんか地層みたいになってますよ」と言われて。
なんか、凝りの層が何重にもなってるらしい。なにそれこわい。
痛みを取るだけなら鍼打ってもいいし、整体でも多少ほぐれるけど、
どちらにしろ一時的なものだから日々の中で気をつけていくしかないとのこと。
ですよねー…。

かといってパソコン仕事はやめられないし、
首肩に負担のかかる制作作業も、そうとわかっていてやってるわけで。
なんかいい方法ないですかねーなんて話してて、
食べ物はよく噛むとか、姿勢に気をつけるとか、ストレッチするとかあった中で、
「せんねん灸試してみてもいいかも」と3,4回勧められたので(笑)買ってみました。

もっとアッチー!ってなるもんかと思ってたんですが、そうでもなく。
じんわりあったかくて気持ちよいです。
火を使わないお灸も一緒に買ってみましたが、やっぱり火を使うほうが好みかも。
ともあれ、火事には気をつけねばですね。
あとやっぱ、体調によっては低温やけどすることもあるようだ。きをつけよう。

まーでも、これはこれとして、生活を正していかなければならないなーと思います。
持病の症状がきつい時期は、体がだるいからってサボりがちなので。
無理のない範囲で、それでも自分のためにサボっちゃいけないことってありますよね。

愚痴ばっか言ってる場合じゃないない。

頂き物。

ここ数日で色々頂いたのです。

先日、小雨の中一緒にパンダを見に行ってくれた、
いつもありがと大好きちゅっちゅーのドラたんから。

ミミズグミとごでぃば。サンフランシスコからのハンドキャリー品じゃよ。
ミミズグミは2袋も買ってきてくれたの。でも1袋しか写ってませんね。
この着色料たまらんです。アメリカンな味がしますよ。
こないだ、DFG原宿でいやがらせのつもりで配って歩いたら、
みんな普通に美味しそうに食べてくれたのでつまんなかった。ちぇ。
次にドラたんが来日するまで大事に食べるよ(またねだるのかよ。

「引っ越し祝い何が良い?」って訊いてくれて、
キャンドルホルダーくれって言ったらほんとにくれたの。
その場で「開けていい?」って言ってガサガサと開けようとしたんだけど、
結局不器用すぎて開けられなくておうちでゆっくり見ることにしたんだよ。
バイキングの盛り付けは下手だわ、包装が開けられないほど不器用だわ、
本当、作家ですとか言ってる場合じゃないと思う。
ドラたんありがと!

んで、ログピがきっかけで仲良くして頂いている岬野さんから。
28日に青山・渋谷界隈での飲み会に乱入するはずだったのに、
イロイロあってぼんやりと帰宅してしまったので、お会いできなかった。
あとでログピ見てハッとしましたよ。うーん。


「六花の森」かわゆーい。しばらくチョコには不自由しないですな。えへへ。

29日にギャラリーに立ち寄ってくださって、奇跡的にお会いできたのですよ。
そんで、ギャラリースタッフさんに「妻です」って紹介したら引かれたよ。
ごめんなさい。いろいろ、ほんとに。

岬野さん、大雨の中わざわざありがとうございました。
また大統領行きましょう。今度はぜひ明るいうちから(何w

28日と29日はいつも以上にご迷惑かけすぎた。ほんと。ね。もーね。
その辺に寝転がってジタバタと駄々こねたかったので。
結局スタッフさん相手に駄々こねてしまった。ごめんなさい。
口を開けば愚痴しか出てこない状況に耐えられなくなってたのに、
それでも誰かにこの思いのたけを聞いてほしくて、愚痴しか出てこなくて、
あーもうやだーもうやだーって。
お仕事中のスタッフさんに対してするこっちゃない。はぁー。
ごーろごーろ。

こんなわたしですが……。
いつも優しく相手してくださってありがとうございます。

なんかさー、もっとこう、ギャーってならないようになりたいもんです。
ほんとなんか最近こういうの多い。
勝手にギャーってしてるぶんにはいいんだけど、外に出しすぎてる。
自覚はあるんですよ、まずいなーとも思ってるんですけどね。

なんだかねー。

なんだこの記事。

雨。

昨日の自分の言葉に心抉られて寝込んだ午前中。
自宅でこのままひきこもっていようかとも思ったのですが、
やはりあのひとと対峙したくなって原宿に。

徐々に心は決まってきているのだけど、いまいち決まりきらない。
なんだか、釈然としない。その理由すらよくわからない。
ごーろごろごーろごろ。

弱音ばっかり吐いていたら、今までと同じなんだがなぁ。

「深く考える」ということ。


「王の風葬」で静さんが着てたワンピをぎんに着せてみたっす。
可愛い服を着ても可愛くならないぎんが愛しいのであります。

「深く考える」というのは、きっとそれだけで難しいことだし、
ただ妄想に耽るってことも、現実的に考えすぎるってことも、
それはそれで「深く考え」ていることにはなる。
「考えすぎる」のと「深く考える」のが違うのかとか同じなのかとか、
どっちがいいのか悪いのかとか、そんなことだって解るわけなくて。
考えて行動したから正しいのか、考え無しにまず動いてみるのが正しいのか、
どっちみち結果論でしか話せないことだってあるし、
わかんねーよ!って言うことが必ずしも悪いことではない。

だけどやっぱ、かっこ悪いことはしたくないので、私はかっこつけたいです。
それは、今までずっと地べた這いずって、踏まれて蹴られて罵られて、
それでも「これを表現してく」「作家として生きてく」って決めたんだから、
今までのままの「かっこわるさ」を引きずってるわけにゃいかないなって話で。
そりゃ、かっこ悪いこともしなきゃなんないだろうさ。
今の私は最高にかっこ悪いし。バイクに乗りゃ芋だし。
あれ、なんでウィンカー消すときにホーン鳴らしちゃうんだろうね。
かっこ悪い。それはともかく。

私は元来かっこ悪い生き方しかできないので、出来るだけかっこつけたい。
で、作品つくってるんだったら、自分の作品を語れたほうがかっこいい。
自分の芯があって、自分の思想を語れたほうがかっこいい。
言い訳をするのではなくて、筋道を立てた話を出来たほうがかっこいい。
いくら「話が長い」と途中で打ち切られても(笑)
「なんとなく好きだから」とかふんわりしたことを言うよりは、かっこいい。
そんで、作品にそれが反映されてたら、もっとかっこいい。

もちろん、作品を深める、っていうのはそんな簡単なことじゃないし、
作品をつくったり深めたりしている動機はそういうことばかりじゃないけど、
そんでも、やっぱ、かっこいいほうがいいじゃんね。
なんちゅーか。
いろいろ、頑張っていこうって思ってるときに限って邪魔が入って、
投げ出しそうになると、かっこよくなりたいなって思って、踏ん張ります。

んで、かっこわりーなって思うと、自分のことでも他人のことでも、
ちょっとしたことでイライラしちゃって、つい色々言い過ぎちゃう。
最近それで失敗ばっかしてるんで、そろそろ本当に自重しようと思う。

そんだけ。

翼のない風


EASTアートピースを上下に2つ借りるとこうなる。ふむふむ。
私はどうして設営の時に持ってくる定規の種類を毎度間違えるんだろう。
釘打つ場所がぜんぜん決められないよ。

しかしほんと。この作品持ち出すと大体悪天候です。
これ撮ったときは晴れっていうか、猛暑っていうか、酷暑日だったんですけど。
あ、だからか?

パネルも販売してるポストカードも旧作なんですけど、
ポストカードの隣で販売してるプリントの中に新作が紛れています。
見えるところに出してたけど、あとで思い直して後ろのほうに隠しました。

#あんまこういう話はしたくないけど、ピクトランの局紙がうちのお人形さんによく合うのー。
#でもこの紙で印刷失敗すると号泣するよね。その辺で不貞寝したくなるよね。

「Atomic Dust」「翼のない風」「ウタウ」っていう3つが柱になるのかなーなんて、
そう思ってたんですけど、「翼のない風」が大黒柱なのかなぁ、って。
3つの柱といえば、銀河と白夜と涼風の3人か。
他の2作品はどうも、深められない。
んで、それが、単に深めてくタイミングではないということなのか、
それとも別に深めていくべき作品ではないってことなのか。
それすらまだ見えてはいなくて。

例えば何度か展示した「うたかた」って作品はそれ以降の展開がまったくない。
てか、奏さんと静さんで作った作品はどうも単発になりがちのようで、
単発作品が必要なこともあるから、そんな時はいいんだろうけど、
私の作品全体を見たときに、重要な作品にはなり得ない、というような。

それは、もともとお人形さん自身が持っているそのひとの歴史とか、
その思想の深さや、お人形さん自身の作品に対する理解にもかかってて。
こういう言い方をすると変な感じになるけど。

お人形さんはそりゃ、プラスチックと化学繊維で出来てるのはわかってるし、
彼らが生きているんです、おしゃべりするんです、なんて言う気もないし、
スピリチュアルがどうの、霊感がどうのと言う気も全くない。
ただ、彼らは「お人形さん」というよりは、「ヒトガタ」という存在の仕方に近いのです。
そしてそれは、作り手としての私がそういう存在の仕方を彼らに強いたのであって。

それがために、そうした「実存」の仕方を強制された、ある「思想」の形として、
(あるいは、「形」を持つことを強制された、「ある思想」として)
彼らは彼らなりの役割を果たさなければならないし、
果たさなければならないのだとしたら、彼らなりの模索があって当然。
そういうのは、つまり「選んで生まれてきたわけではない」という視点を持つ場合の、
「私自身」の在り方や生き方と何ら違いがないわけです。

だんだん何の話だったかわかんなくなってきたな。
ともかく、こういうことを考えるための製作過程としての展示をしとります。

6月4日まで。
よろしければどうぞ、ご覧になってみてくださいませ。

明日はDFG原宿に居ります。

どうもこの作品を人前に出すときは悪天候だなぁ、なんてぼんやりしながら、
フライヤーとかポストカードとか作ってます。未だもうちょっと寝られない。

今日は、お友達と上野動物園に行ってました。
その模様はまた後で書きますが、いやはやパンダね……パンダ……(何w

明日から6/4(土)まで、DFG原宿で「翼のない風」から1点展示します。
新作じゃありません。2月の個展で発表した作品です。
今回は展示会というより、この作品ともう一回向き合うという「制作過程」です。
もう一度これと向き合ってみないと、どうにも答えの出しようのないことがあって。
だから、今やろうと思っていることで、やっぱやめようって思うこともあるかもしれないし、
今気づいてもいないことを、やらなきゃって思うかも知れない。
それはまだ向き合い切れていない今はどうしたって解りません。

一番思考を占めているのが、震災の復興支援。
やるべきかもしれないしやらないべきかもしれない。
今やろうとしてる方法すら正しいのか間違っているのかも解らない。
やってみないと解らないかもしれないし、それ以前の問題かも知れない。
ただ解っているのは、私が直接アクションを起こすことに何の意味もないということだけ。
私の作品が影響できることなど何もないということだけ。
「何かが出来るかも知れない」なんてふんわりした「動機付け」は、
自分の無力感を誤魔化すための言い訳にしかならない。
そんなことのために作品制作や展示の時間を割いても誰の利益にもならない。
それに、足りない物をただ補充すればよい、なんていう解決策は、
いつだって取り返しのつかない重大な損失に繋がる。

一時は精神性や宗教的要素を重視した立場に立ち続けることすら、
まるで困難なように感じられて、ぐらぐらと揺れたもんですけど。
自分自身はなるべく、耐震とか免震構造に作っておきたいもんです。

そんなで、5/28から6/4まで、デザインフェスタギャラリー原宿の、
EASTアートポケット4+10で「翼のない風」から1点展示してます。
自分の中で「制作過程」だからって、ハンパな展示はできませんので、
展示としてはちゃんと成立させるつもりです。
相変わらず、土日だけ居ります。
6/3(金)の夜は夕方ぐらいからうろついてるかも知れません。
お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りくださいませ。

DFGさんの案内ページ。

ひさしぶりのおやすみ?


去年の春。
荒川河川敷で人形撮って帰ってきたら、
トイプードルが買い物に行った母の帰りを首を長くして待ってた。

いつもは信用しないログピ占いのうお座さんが、
「今日は失言に注意」って言ってくれてたのに、
いろいろやらかしてしまって落ち込んでいる。
これ以上何か発言すると、ドツボにはまってしまいそうなので、
ごめんなさい、という気持ちだけを胸に。

最近ずっと動きっぱなしだったので、
今日はだらだらするぞーって思いながら、
お洗濯してお掃除してお買い物行ってサイト手直しして、
なんだかんだと動いてました。うごうご。

やりたいことは色々と浮かんできているのだけど、
浮き足立っても結局できずに終わってしまいそうだし、
落ち着いて落ち着いて、やってけたらいいな。

ケント王子。


実家に帰るたび、追いかけ回して捕まえてスハスハしたり、
後ろ足のモモ(すごい筋肉である)をもぐもぐしたりしてたら、
すっかり毎回逃げられるようになりましたよ。
画像フォルダ見たら年末からほとんど写真撮ってないから、
今度帰ったら撮らせて貰おう。まともに撮れないだろうけど。

テキストコンテンツのまとめページを整理しました。
現在たんぶらこっこにUPしている連載小説も、
そのうちWordPressに移したいと思ってるのでまた増えるかも。
メインブログ以外のところは、のらりくらりと運営してます。
ここも相当のらりくらりですけど(笑)

ブログ形式のコンテンツは、
ログピのnvswebアカウントで更新情報を流しています。
サイトのトップページにバッジをはっていますので、
そちらで確認していただければと思います。
楽しんで頂けましたら幸いです。

今週は妙に長い。


デザフェスの帰りにエネルギー切れして食べたケーキ。
ベローチェが空いてて助かったのだよ。
あとワンダさんの出番がここだけだった。
お台場あたり行くときは、いっぱい撮ろうと思って、
ワンダさんとかプチブライスとか連れて行くんだけど、
結局1枚2枚しか撮らないで帰ってくる。うーん。

しかし、先月末からの疲労が溜まってきています。
疲れを癒すだけの隙間がない……。
いや、その隙間もなく動き続けてしまう自分が悪いのだけど。
おかげで心にも体にも余裕がなくて、失敗ばかりしてしまう。
失敗はしても、会社にはとにかく毎日行かなければと思ってて、
そのことが殊更に失敗を招いてしまった今朝未明。トホホです。

それでも、12月20日までは今の職場に居られることが決まったから、
なおのこと体調不良での欠勤なんて、出来ないわけだ。
契約、とは名が付いてるけどいつ切られるかわからんし、
それでなくとも半年毎に職を失うことを考えねばならない立場。
精一杯の誠意で勤めようとは思うけども、
持病っていう如何ともしがたい事情もあったりして。
でもそれを理由にサボるようなことになってはいけないっていう気持ちとか。

だってさ、今少しずつ始まってきている私の創作活動は、
これからますます過酷さを増していくと思うし。
その行く先もまだ私には見えない、それほど遠い道のりであるし。
生半可な気持ちで挑める課題ではないのだし。
それをクリアしたって、数段飛びにハードルは高さを増すのだし。

ハードル競争をしていたはずなのに、コースの途中に走り高跳びの棒が、とか。
でもそれをそのまま跳べ、跳んでその先をまた跳べって、未来の自分が叫んでるので。
いや、そりゃ跳ぶけどね、でも、それは人が飛べる高さじゃねぇよって。

うーん、まさにそんな感じ。そりゃ余裕もなくなるわ。

だからこそ、創作で食べていこう、写真で食べていこう、なんて、考えない。
私にとっては、それは逃げ道になってしまうから。
毎朝、会社に行って、業務をこなして、帰宅して、制作をする。
どうせ、仕事をしながらだって作品のことは考えられるのだし、
それが出来ないのに、この先にあるハードルが飛べるわけがない。
それをしなくても飛べるハードルだったら、もうすでにクリアできているはず。
けど、それが出来ていないのだから、毎日通う会社は私には必要だってことだ。

思いつく限りの退路は、断っておかなければならない、と思う。
進むべき道はいくつあってもいいけれど、逃げ道だけは作ってはだめだ。
私は、もう十分逃げたし、十分に甘えたのだから。

けどさぁ、それで自分を追い詰めすぎて、大事な人に嫌な思いさせたりとか、
自分がぶっ倒れたりとか、仲間に心配かけたりしてたら、どうしようもない。
退路を断ちつつも、「休む」っていうことが「逃げ」や「甘え」ではないのだ、
っていうことを、私は理解しなければならないのだなぁ。
それが私には一番難しい。
どこからどこまでが「休む」で、どこからが「逃げ」で「甘え」なのか、
その辺がどーにも私には理解できない。理解っていうか、線を引けないのよね。
全部が全部、甘ったれてる、に変換されちゃってさ。参った参った。

課題は山積していますな。