北鎌倉行ってきた。


「もうだめだー!」ってなったときによく鎌倉歩くんですが、
今日「もうだめだー!」ってなったので鎌倉歩いてきました。
今回は割りと本格的にもうだめだったので、
観光地めいたほうには行かないようにしたんですが、
そういえば雨が降っていたのであっち行っても静かだったかも。
実家からだと2時間ぐらいかかるんだけど、
いまの自宅から行ったら1時間かからずに着いてしまった。
おかげで「またすぐ来られるし」って、北鎌倉だけ歩けた。
前は「次いつ来られるか」って思って、無理して全域歩いてたから。
鎌倉好きって割りに詳しくないのはそのせいなのだ。


鎌倉好きな割りに行ったことのなかった明月院。
まだあじさいちょっと残ってたー。


これ全部あじさい。満開の頃はさぞかしきれいだろう。
そしてさぞかし混んでいることだろう。


そういえば、ゆうべからヨーグルトしか食べてなかったので、
明月院近くの茶寮風花さんでうさぎ饅頭とお抹茶頂きました。
うさぎ饅頭、せいろで出てくるの。ほっかほか。
お抹茶もすんごい久しぶりに頂いてうれしかったです。
レインコート着て傘ささずに歩き回っていたので、
けっこう指先とか冷えてしまってて、
うさぎ饅頭がものすごく熱かったけど(笑)
でもおいしかったー。おなかあったまってよかったー。


建長寺に居た頃が一番降ってた。でも空は明るかった。
建長寺さんは、昔、茶道の関係で1泊2日の座禅研修させて頂いたことがあります。
実際にお坊さんたちが修行されてるところに寝泊りさせていただいて、
あれはとても貴重な経験だったなーなんて、思い出しました。


鎌倉好きな割りに一個も通ったことの無い切通しを歩いてきました。
よりによってこんな天気の日に歩かなくてもって感じですが。
長寿寺わきから入る亀ヶ谷切通し。
二輪車を除くって書いてあったよ。


別になんてことはなく、ちゃんと舗装されてました。

ここを抜けてちょっと歩いたところに薬王寺ってお寺があって、
日蓮宗だったんですけど、ビクビクしながら御朱印お願いしたんです。
そしたら、もう16時近かったのに優しくご対応いただけて、
しかもいろいろお話まで聞いてくださってうれしかった。
尼さんだったんですけど、またいらっしゃいねーなんて言ってくださって、
ボロボロ泣いてしまって心配おかけしてしまった。ごめんなさい。
そのあとも泣きながら帰ったんですけど、
途中の切通しの上り坂がきつくてゼエゼエしてるうちに、
なんか、泣き止みました。また泣いたけど。
でもずっと泣けなくてつらかったから、ちょっと楽になりました。

今日はたくさん納経さぼって御朱印頂いてしまったから、
その分写経しようと思います。

今日「もうだめだー!」ってなったのは、
ずっとずっと抱えている疑心暗鬼がまた大きくなってしまったから。
しばらく押し殺していられたんだけど。
私はあの人の迷惑でしかない、という思い込みはいつまでも拭えない。
この気持ちが大きくなっているときは、惨めな気持ちにしかならない。
この思い込みを解消できればいいんだろうけど、なかなか。
だって、思い込みじゃないかもしれないし。

さて、明日は会社行かないとならないし。
今夜は無理にでもご飯を食べよう。

北鎌倉にいる。

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考え事をするために、レインコート着て御朱印帳持って、北鎌倉ぶらぶら。
このまま北鎌倉だけ散策して北鎌倉駅から帰る。

御朱印頂きながらお寺の方に弱音を吐いているけど。
「でも、もう答えは出ているでしょう。お顔は明るくて迷っている感じではないよ」
と言われ。

あ〜あ、あたしは一体どこに行くんだろう。

こだわらない。


歯医者に行くので会社をお昼で上がったのだけど、
診察の予約まで時間が空いてしまったので、神田明神に行ってきました。
御朱印をお願いしたのですが、
和綴じ本の御朱印帳で左ページだけに頂いていたところを、
神田明神だけなぜか右ページにドーン。
裏写り防止の和紙が入ったタイプだから両面使えるんだけど。
左で統一したかった。しょんぼり。
そして、この御朱印帳は晴れてこのページから、
左右両方使うことに決めたのでした。うーん。
こだわりを持つことは悪だということか。

まあ、こだわりを持つことは仏教徒としては悪いことで。
そんなこた、解ってるんですけど。
そういうことに気づく何かしらのイベントが発生しないと気付けもしない。
まだまだ修行が足りない。トホ。

ところで、私は私が創る作品が何百年も残らないといけない、とか、
何百年も残るようなものを作らないといけない、なんて思ってたんですけど。
まあ、残りませんよ。残らないよ。って、ちょっと大きな溜息をつきました。

かたちを持ったものなんか、何も残らない。
残っていくのは、その「かたちあるもの」に内在していた、何かだ。
「かたちあるもの」自身というか、精神だとか、情報ともいうべきものだ。
後世に残るような作品なんか創ってたら、それこそ本質を見失う。
「作品を創ること」にとらわれかけていることを、反省して解放されないといけない。

それが難しい。

ヽ(*´ー`)ノ

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うつ病治療もそろそろ10年超。
一時は1日に飲む薬が40錠を越えたこともありました。

今日、ようやく。
具合良くても飲み続けてねって言われてた抗うつ剤が無くなりました。
処方は転ばぬ先のデパスのみ。
薬代が500円かからなかったよ、スバラシイ。
そっかー、健康だと医療費かからないのかー!ヽ(´ー`)ノ

治らない病気と今はどうしようもないヤツは諦めてるけど。
治る病気はなるべく治しちゃいたい。
それにしても長かったけどここまで回復するもんなんだなー。
まだ波はあるにせよ。

処方箋から薬が無くなるなんて初体験だから怖くて、
「デパスは!!!飲みます!!!(肩こり酷いとき)」
って処方してもろたの。

また悪くなるといかんからのんびり治しますヽ(´ー`)ノ

爪の中入った。

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こんな時間に硯洗ってました。
小学生のころ使ってたやつで、手入れなんかしてないし、
毎回使いっぱなしだったから墨がこびりついてる。
こりゃもうだめかもしれんなーと思いつつ。
まあ、使うけど。

重い腰を上げるのは実に億劫だけど、
少しずつコマを進めていかないとね。

勘違いとか、そういうこと。


生命がすべて分け隔てなく尊いわけがないし、人生が平等なわけもない。
とある幸福がすべてに例外なく幸福なわけがないし、
とある希望がすべてに例外なく希望なわけがない。

「関わり合い」「反応」「インタラクション」
「相互作用」「コミュニケーション」「現象」
そういったことを私はずっと考えていた。

私は、はじめに「こころ」や「いのち」といった、
あるひとつの結果(あるいは成果物)に対して疑念を抱いた。
疑念は深く、大きくなる一方だ。
思考を進めるために勉強しなければならないことは膨大にあるし、
そうしている間にも私はさまざまな疑問や疑念を抱く。
勉強が進まなくなれば思考を深めることもできない。

私は自分自身の実在に対して疑念を抱きはじめ、
この世界やこの宇宙のあり方に疑問を抱く。
私は立ち止まる。

そしてまた、歩き始める。
歩き始めたい。

ぐったり。

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↑何か見られてた。

昼休みに寝に帰る日々。本当に具合が悪い。
でも会社には行く。
社会人だから。

生まれてきたから死ぬまで生きていくことは理解できる。
生きるために必要なものがあることも理解できる。
私は死ぬまでは生きていきたいのだとも思う。
つまらないよりは面白いほうがいいのも理解できる。
それでも、それがどうしたって気持ちはぬぐえない。
だからなんなの。

だからなんなんだよ。

ただ茫然としていた。

茫然としていたらこんな時間だった。
黙々とインターネットを徘徊していた。
答えなんか何処にもないのに。
誰も教えてはくれないのに。

わたしの信仰は、祈りも懺悔も聞き届けてはくれない。
祈りや懺悔はただの独白にしかならない。
それでも私は祈り、懺悔する。
その理由すら、まだ私には解らない。

モヤモヤついでに、中国製の安い万年筆を数本買ってしまった。
あーあ、無駄遣い。
この性質も直さなきゃなぁ。