インタラクション

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彼女の描く絵には、巧みに隠蔽された痛みを感じていた。
それはとても巧妙だったけれど、完全に隠されている訳ではなく、
ある周波数に合わせると鮮明に感じ取れるものだった。

私はそれに断片的に触れるにつけ、私の作品に僅かずつ投影してきたのだ。
まるで私だけが彼女に影響したかのように言ってくれていた彼女に、
私はそのことを告白したことがなかった。
直接言うのも気恥ずかしいので書き逃げ。

だから私は君の作品の一部になりたいと思うし、
君の作品を取り込んでみたいと思っている。

ま。
そういうこと。

壊れやすいものばかり集めてしまうよ。


いぬ。
カメラ3台ぶら下げてほっつき歩いてたら吠えられたよ。

幸せになんかなりたくない。
でも苦しいのも嫌だ。
もう悲しんだり寂しいのはうんざりだ。
でも苦痛の中のほうが慣れているから安心する。
平穏の中にいるのが一番不安だ。
穏やかな日々なんかいつか壊れてしまうのに。
でも穏やかな日々がいつまでも続けばいいな。
いや、続くはずが無い。
信じたらまた裏切られる。
一生懸命やったらいつか全部きえてしまう。
だったら何もしないほうがいい。
でも何もしないのは嫌だ。

もう誰のことも愛したくない。
愛なんか信用できない。必要ない。
幸福なんか感じたくもない。
うれしいだの楽しいだの、ばかげている。
消えてしまいたい、死んでしまいたい。

そうやってぐるぐると逡巡しているけれど、
結局、わたしは幸福を感じていたいし、
「愛」という言葉を使いたい。

身を裂かれるような想いで、
わたしは「愛」という言葉に憧れている。

「愛」という言葉に、憧れている。

眩暈も頭痛もやまぬまま。

一定の結論も、答えの断片すら見えないまま。

巨大で茫漠とした流れの存在のみ知っているのに、
その流れの行方も、自分のなすべきことも、
なにひとつ今の私には見えぬ。

否、そんなものは端から無いのかも知れないけれど。
もしかしたら、この肌に感じる「流れ」すらも。

けれど、それでも「流れ」ありきで思考や模索をするのは、
このわたくしという命に、なにがしかの理由を与えてやりたいのだ。
そうでなければ、まるで不安で息をすることもままならないから。

写真。


写真を撮る、ということに関して少しずつ自分の態度が変わってきている。
私にとって写真を撮るという行為は、あくまで「その絵を作る」ための手段で、
そういう態度でもって今までの人形写真作品をつくってきた。
だから、私の中であまり「写真を撮っている」という意識はなく、
それよりもファインダーを覗いて人形と対話することだけが重要だった。
けれど、そうした態度がどんどん視野を狭めていってしまって、
そのうちただ人形と対話をするということすら出来なくなっていった。

今まで感じ取れたものが感じ取れない。
作りたい絵が思い浮かばない。描くべき風景が見えない。
聞こえていたはずの音が聞こえない。

頭の中が非常に固くなっていると感じていた。
もっと開けていたはずの視界が、どんどんフェイドアウトしていく。
このままでは撮れなくなる、という恐怖があった。
作品を創れなくなることは死ぬほど恐ろしいことだった。

そんなわけで、いろいろ今まで撮らなかったものを、
積極的に撮るようになったのですが、まだまだ途上。
ここからもっと開けていったらいいなとぼんやり思うのみです。

立川のカレー屋。

4月8日に、立川南口のPANASでカレー食べてますが、
今日は立川北口のカレー屋さん行ってました。


↑インド・ネパール料理 フルバリ。
ちょっと怪しげなかんじのところにありますが、
店内はわりと広々してて、店員さんもフレンドリーな感じです。
レディースセットは、サラダ+骨なしタンドリー+カレー+ナン+デザート+ドリンクで1500円。
かなりお得なんじゃないかと思います。


またビール飲んだ。キングフィッシャー。
ほんとはマハラジャってやつ飲みたかったんだけど品切れでした。
ちょっと辛め。ラッシーと交互に飲んでた。


ナンがでかいです。
PANASでの悪夢ふたたびか? と慄いてましたが、そんなこともなく。
4月のブログ記事見たら、あっちライスも乗っかってましたね。
あと、PANASのナンはかなりギッチリモッチリした感じだったと思う。
フルバリのナンはPANASよりは薄いと思います。でも美味しいよ。
カレーはマトンカレーにしました。
いっぱい種類あるから迷う。どれもおいしそうです。

インドとかあっちのほうの人の顔立ちが好きなんです、男女問わず。
だから、日本人じゃなくて外国人がやってるレストランって、
それだけでついふらっと入ってしまいます。あ、一人のときに。

今日は、ひさびさに整体に行ってきて、首のコリが酷すぎると言われてきました。
もうずっと言われてるんですよね、なんか、鉄板入ってるとか地層ができてるとか。
最近画面みつめる作業が多かったり、仕事でも電子顕微鏡のぞくようなことが多かったりしたので、
ほとんど眼精疲労だと思うんですけどね。
それが腰痛にまでなってくるのでほんと困ったモンです。

季節の変わり目で崩しがちなので、気をつけていたわって行きたいと思います。

秋の足音ちらほら


20番がとても太く感じる今日この頃です。

作業中、バッドエデュケーションをBGVにするのが恒例になってきました。
ラーメンズとか流してみたらぜんぜん集中できなかった。
なんか、楽なんですよね、淡々としてて。
流れるようにストーリーが通り過ぎていくから。
そのくせ、色彩や音楽や情景が鮮烈で、適度な刺激があって。

人生ってそんなもんかもしれないなって、ぼんやり思いました。

べっこり。


べこべこ。

ここ数年、この時期はガタガタに崩してボロボロの無職になるのですが、
今年は8月後半までなんとか持ちこたえて(?)います。
まだもうちょっと職を失わずにすみそうです。
が、だからといって体調が良い訳でもなく。正直しんどい。
ただ例年と違うのは、一人暮らしをしているということで、
ぶっ倒れるわけにもいかないので、なんとか秋まで頑張ろうと思う。
で、秋の間は夏の疲労で死なないように養生しようと思う。

そして冬が来てしまえばこっちのもんだ。
こっちのもんか?
冬がきて、派遣契約続投のお知らせがくればこっちのもんだ。

だいたい、11月から3月までが比較的元気に過ごせる期間なんですが、
それでもなんだかんだと例年ぐったりしているような気もします。
あれか、夏を乗り切るためのおまじないみたようなもんだ。
だから本当は私が元気に過ごしている期間なんか1年中見てもないのかもしれない。

しかし、冬より夏が死にそうにつらいのは本当です。

昨年たくさん展示をして、みなさんの前にも出て行ってたので、
今年はなにやら何も活動していない感じがしますが、そんなこともなく。
いろいろ、やってます。今後も予定がたくさんあったりします。
個人的な制作活動というか、行動予定なので、
パブリックに出て行くような予定はほとんどないのですが、
今年のこういうのが、来年とか再来年とかに何かのカタチになるんじゃないかと思います。

なればいいな。

季節の変わり目が原因のすべて。


武蔵小杉駅の南武線から横須賀線ホームまでの道のりは、
はじめ行ったときはなんて遠いんだと思ったけども、
こないだ行ったらやっぱりなんて遠いんだと思いました。
あの駅はもう新しい駅として駅名考えたほうがいいよ。
あー、鎌倉いきたい。

今日は午前中会社休みます。この辺で、95%ぐらいまで回復さしたい。
こんな急に涼しくなるなんて、予想はしてたんだけど。
予想してたって体がついていかないのだ。病人は不便だ。
特に最近、極限まで精神状態が悪化したり、
疲れが溜まりに溜まっているのを見てみぬ振りして動いちゃったり、
食生活がどんどん悪化してしまったり、していて。
ただでさえ病気なんだから自分で自分いたわらないとって思うんだけど、
どうにも、うまくいかないです。ここから立て直したい。

制作や作業はそれなりに進んでいるので、
これからもうちょっと踏み込んだところで頑張りたい。
そのために、いろいろ調整したり回復さしたりしなければなりません。

とりあえず、今日は半日だけごろごろします。ごろごろ~。

おまつりがあった。


おまつりがあったんですよね、まあ、ありますよね。
でもなんか、ものすごくこういうのが、こう、ぺそっとしてると、
寂しくなってきちゃいますよね。もう夏が終わるなぁ。なんてね。

なんか、最近よく「ザ・インタビューズ」って言葉を見かけるので、
気になって検索してみたら、こんなんでした。

そのうち飽きたらやめますが、よろしければ当分の間遊んでやってください。