しごとのぐち。<第1話>


稲城長沼の踏み切りがもうじき無くなるなぁと思うとほんとに寂しい。
通るたびに写真撮ってしまうよ。フィルムでも撮ってる。
なくなる前にもっと撮っておきたいけど、
何枚撮ってもあとで「もっと撮っておけばよかった」って思うに違いない。

***

そんなわけで、しごとのぐちをここに書いちゃう。
先に言っておきます。

【1】いくつかのエントリに分けて書くほど長い愚痴です。
【2】MS-Accessというパソコンソフトにまつわる長い愚痴です。
【3】創作の話にも関わるのでここに書きますが長い愚痴です。
【4】専門的な話などしませんが解らない単語はぐぐってください。
【5】ただの長い愚痴です。

以上をふまえて、お付き合い頂ける方はお付き合いくださいませ。
(順序だてた話しにはなっていないのでわかりづらいかもしれません、ごめんなさい)

↓ここから愚痴。

私は持病のことや創作活動のことなどで、
正社員になると心身の負担が大きすぎて崩壊するので、
長く派遣社員として働いています。
だいたいどこに行ってもそれなりに重宝がられるようでないと、
なかなかフルタイムで適当な時給の仕事には就けないので、
それなりにOAスキルは身につけております。
もちろん、新卒で就いた仕事はコンビニでしたから、
そこをドクターストップで退職した直後は全くOAなんぞ解りませんでした。
パソコンをいじるのは好きでした。
ISDNの頃からインターネットでラジオやってたぐらいには。
遠方の友人とラジオ配信するために、寝食を忘れてパソコンと格闘するぐらいには。
(スカイプが世の中に出てくる以前はいろいろとアレだったのです……話せば長い)

機械やおもちゃが好きで、手芸や工作が好きなので、
一度興味を持てばいくらでも触っていられるのです。
で、そこに何か創作につながるような部分を見つけてしまえば泥沼です。
いつまでもいじってます。

それにまんまとはまってしまったのが、MS-Accessというパソコンソフトです。

これは、マイクロソフトさんが作っているいわゆるOfficeという一連のソフトの1つで、
リレーショナルデータベースマネジメントシステム(RDBMS)ぽいものを作るソフトです。
いわゆるデータベース構築っていうのは、お金も時間も技術もたくさんかかるんですが、
それを何とかあんまりお金をかけずに、手軽にやっちゃいたい、っていうときに、
よく活躍するソフトだと思います。

本格的なRDBMSなんか作ろうとしたらほんとに大変です。ほんとにほんとに大変なんです。
MS-Accessは、わりとそれなりに本格的なシステムが構築できますけど、
私はこれはあくまで、「RDBMSっぽい考え方をもった、データベースっぽいもの」を作るもんだと思ってます。
いや、わりとほんとに結構なシステムが構築できるんですよ。使い方によるんですけど。
どのくらいかっていうと、MS-Accessでのシステム構築を専門にする会社さんがあるぐらいには、です。
これで食べている人がいる程度には、本格的なシステムが作れます。
でもそういうのだって、いわゆるオラクルとかSQL-Serverとかへのステップアップを踏まえていると思うんです。

MS-Accessは、あくまでパソコンソフトです。
アプリケーションの中に、データを入れる箱やら計算をさせるための道具やら、
それを解りやすく表示するためのガワやら、そういうのがいっぱい入ってます。
だから、それを上手い具合に活用して、集めたいデータを集め、計算させ、
それを解りやすく表示したり印刷したりする「仕組み」を作るソフトなのです。

MS-Accessでデータベースを構築する、というのは、私は「図画工作」だと思っています。
だからこそ、私はこのソフトの泥沼にはまっていったのです。

が、しかしながら、それでもこれはパソコンソフトです。
中には膨大なデータや複雑な計算やフォームやなにやらが入っていますけど、
それでも一旦アプリケーションを閉じたら、
それはExcelやWordと同じ、何の変哲も無い1個のアイコンになってしまいます。
この辺が非常に曲者というか、Accessへの理解を妨げている1つの要因だと思うのですが、
ExcelやWordとは使い方も考え方もかなり相当違うソフトなのに、
それでもやっぱりこいつはパソコンソフトなんです。
何が言いたいのかよくわからなくなってきた。

いわゆる、MS-Officeという一連のソフトの中でよく使われるのは、
MS-ExcelとかMS-Word、MS-PPTだと思います。
最近のOfficeはなんかイロイロ増えてるみたいで、自宅で使うのをやめた今はよくわからんですが、
たいてい会社の業務でよく使うのはそのへんじゃないでしょうか。
中でもExcelはよく使うと思います。あいつは優秀な表計算ソフトだと思います。
ぶっちゃけ、Excelを駆使できれば大抵の業務はこなせると思います。
ちょっとやそっと複雑でも、なんやかやと解決してくれちゃうイイコだと思います。
あと、以前は簡単なレターもWordで作ってましたが、最近はExcelで作ることのが多いです。
Excelさん自身もその辺学習して、印刷に強くなってきていますよね、いいことです。
それでもWordさんにはWordさんの出番がちゃんとあって……あ、この辺の話は省きます。

で、まず一番大きな愚痴として、
AccessはExcelの上位ソフトじゃないですよ!!!!!!
……っていう。
Excelの上級者がAccessを使う、とかいう根も葉もないうわさを信じてる人がいますが、
それは間違えですので頭の中から消しておいてくださいね。
ExcelとAccessは全く違う役割を持ったアプリケーションですので、
どっちが下位でどっちが上位とかいうことはありません。

「この仕事をするのにExcelとAccessどっちがいいの?」とか。知るか。
「Excelだと難しいからAccessで何とかならないかなぁ」とか。ならん。

Accessは、アプリケーションを立ち上げても何も起こりません。画面に何も出てきません。
ExcelやWordのように、白紙が用意されててそこに入力していけば仕事が進む、ってもんじゃないです。
なぜなら、Accessは「仕組みを作る」ソフトだからです。
データを入力して蓄積して計算させて表示させたい、というのなら、
データを入れておくための箱を作って、計算させる手段を講じて、
入力・表示できるような画面を地道に自分で作らないと何も始まらないのです。

おそらく、ここが「Accessは難しい」と言われるところだと思うのですが、
実はAccessは「とっつきにくい」だけで、そんなにものすごく難しいもんでもありません。
だって私が扱えてるんですもん……。
それ以前に、MS-Accessは「何とか簡単にRDBMSっぽいもんを作りたい」ってことから出てきたソフトなので、
そんなにベラボウに難しいわけがないんです。要は考え方。

さっきExcelとWordの話しましたけど、あるレターを作るのにExcelとWordどっちを使ったらいいか、って、
聞かれたら答えられますか?
どっちを使ったらいいかって聞かれたら、「自分はどっちがいいと思う」っていえますけど、
じゃあ、「どっちを使うのが正しいですか?」って聞かれたらどうでしょうか。
「自分で考えろよ!」「使いやすいほう使えよ!」って思いません?

封書を開けるのに、カッターとはさみどっちを使ったらいいでしょうか?
自転車とバスではどっちが便利ですか?

なんていうふうに言い換えたら解りやすいかも……。
そんなの、何をどうしたいか、自分はどれが使いやすいのか、って考えて決めることですよね。
パソコンソフトだって同じだと思うんですよ。
別にわざわざ苦労してデータベース構築なんかしなくても、
Excelをぐりぐりやって事足りるなら、それで十分だと思うんですよね。
要は、「どうしてMS-Accessを使おうと思い至ったのか」ってことだと思うんです。

<次回に続く>

大好物なんです。


↑かもめのたまご in 冷蔵庫

先日の陸前高田みやげ。
珍しく会社におみやげを買って行ったのですが、
大好物を気前よく配らなければならない苦痛に耐え切れず、
15個入りのうち5個を死守して持ち帰りました。ははは。
部内で特にお世話になっているひとだけに配って、
残った5個は即座に隠しましたよね。
しかも午前中に配ってお昼休みに自宅に持って帰る徹底振り。
参ったか。

賞味期限がもうすぐなので、
大切に日々のフルヒールポーションとして頂いています。
ありがたや。
また陸前高田まで買いに行きますね。
りんごのかもめのたまごも美味しかったなぁ~。

***

ここのところ、制作やら作業やら事務やら趣味やらを忙しくやっております。
なかなかWEBサイトまで手が回っていませんが、
WEBのほうにもやらねばならないことは山積しているのだよなぁ><。
陸前高田での成果もなかなかご報告できぬままで申し訳ないです。
やはり予想通り、体力の回復には10月なかばぐらいまでかかってしまいそう。

そういえば、私はメインブログでは日々のことや創作関係のみを書きたいので、
他の趣味の話についてはそれぞれにブログを設けるようにしているんですが、
そのせいでバラバラとした感じがするのは見にくいかなぁと悩んでます。
というのも、今後も増えそうな予感がするので(汗
趣味の話をメインブログに書きたくないというのは、
その趣味に興味の無い人が、興味の無い記事に時間を割かれるのを防ごうとしてるもので、
私の中ではブログの使い分けがはっきりしているんですが、わかりづらいかなぁとも思うわけで。

そもそも、創作活動じたいが趣味なんじゃないのって言われたら、
反論するのが難しい状態になってきてしまっているのは確か。
あ、いまの一番の問題はそれです。
今年はほんとうに発表をやってないので、創ってないのと同じだと感じている。
写真は写真なんですが、撮るまでの過程というか制作作業がテンコモリで、
いまはそこにかかっているところですから、発表なんざできっこないんですがね。
まだ撮るところまでいってないし、たぶん年内はいかないし。

それに、この制作作業は急いでどうにかなるもんでもないし、
早くできればいいってもんでもないので、
自分が「ちょうどいい」と思うペースで創って、出来たときが一番いいときなんじゃないかと思ってます。
あんまりね、焦って創って変なのだしてもしょうがないので。

そんなわけで、新作が出せるのは来年かなと思ってます。
それまで何回か展示をやろうとは思っているんですが、だいたい全体的に旧作を出しますね。
それも手抜きというわけではなくて、新作の制作に関わる軌道修正とか、そういう意味のもんです。

うーん、チューリップが咲く前か、咲く頃に、また陸前高田市に行きたいのだけど、
その頃まで今の会社に居られるのか、その頃までに大型二輪免許が取れてるのか、
その頃までにあれやこれやがどうにかこうにかなってるのか、などなどなど。
チューリップが咲くころまでに達成しなきゃならないこと、維持しなきゃならないこと、
一定の成果を上げておかなければならないことがやまほどあります。がんばろっと。

みによんく……

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なんか、買った。2つも。

わたしはダッシュ!四駆郎の世代で小学校の頃はミニ四駆に小遣いを注ぎ込んだもんだけど、
なんやかやで暗黒時代が始まってからは小説書きに没頭したので自分のマシンも捨ててしまった。
それからレッツ&ゴーが流行った頃に「懐かしいな〜」なんて思ってたんだけど手は出さず。
しかしここ数日、急速に生きる気力が失われているせいか、
ビックカメラで生き汚い自分がニョキッと芽生えてしまった。

今はきっと暗黒時代の再来なんだと思う。
一人になる部屋といくらかの金とバイクの免許があるのであの頃よりたちが悪い。
で、暗黒時代に入る前のミニ四駆時代に対する憧れがニョキニョキしたのだ。
と分析はするけどそれはそれとして。

ピンクの方はピンクだから買ったんだけど。
いま売ってるミニ四駆はほとんどレッツ&ゴーモデルで、
ダッシュ!四駆郎のモデルはシューティングスターしか無くて買ったよ。
いや、シューティングスターがあれば充分ですがね!!!
そりゃ四駆郎世代なら誰もがエンペラーを欲しがるんだろうけど。
私としては断然シューティングスターだね!
進駆郎兄さんのマシンだからね!
漫画もアニメも進駆郎兄さんしか見てませんでした。
あの頃からメガネの長髪の兄さんには弱かった。
あの流れでカーター・オーガスにときめいたわけで。

ものすごく久しぶりにオタクっぽい記事かいた気が。
どんなに死にたくなっても生きていられるのはオタクだからだと心底思う。
それが良いのか悪いのかは解らないけど。
生きる気力の補充をする術に長けているのだけは確かです。

しかし最近の漫画やアニメには全くはまれません。
3月のライオンと、パームぐらいか。
パームはもう10年以上追ってるから最近の漫画とも言い難い。
ボーイズラブも最近は離れている感じ……ボーイズラブ的お約束展開に飽きてきちゃって……。
門地かおりさんはやっぱり10年以上追ってるからまだ追ってるけど。

暗黒時代に比べて熱くたぎるものに欠ける気がしてます。
オタクまっしぐらだった頃と言うか、そうでないと生きていられなかった頃のエネルギーが今また必要。
太陽の恵みがほとんどなく、なおダイナミックな外惑星を思い出す。
特に木星。ちなみにわたしは海王星が一番好きです。

そんなこんなしながら。
ぼちぼち制作も進んでいます。
来週いっぱいでとりあえず一段落しそう。
そのあとも長いですけど。
いまの制作は段落がたくさんある。
こまめに落とさないとばててしまいそうだし、あまり落としすぎても終わらなくなりそう。
ともあれ、次のグループ展には新作は出せそうにないので、旧作です。
新作は来年の個展ぐらいから出しはじめられるかな……いや個展もまだ具体的ではないですが。

某所で暗くて黒いことばかり言ってますが、わたし生き汚いのでまだ大丈夫です。
自分を精神的に死の淵に追いやって、火事場のくそ力を出そうとしてると理解して頂ければ。

まぁ。
犬死にはできません。

鎮める

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思考をほどくように一目一目編み繋ぐ糸
指先を見つめながらシナプスを繋いだり離したりするイメージを描く

例えば、両足を左右交互に前に出し続ければどこかに辿り着くし
指先を動かし続けていれば糸はいずれ何かを形成する

わたしを巻き込む流れは非常に大きく茫漠としている
わたしはその流れのかたちや行き着く先を知りたいと願っているが、
わたしの命あるうちに知ることのできるものではないと気付いている
ゆえにわたしは焦るのだが、この流れが非常に大きいので、
それは大変にゆったりとしていることにも早く気づくべきだったのだ

なんだか

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たくさんお酒を飲んだ
荒れていたと言えば荒れていた

私には何も見えておらず
何も解っていなくて
何も知らない

それを見ていて解っていて知っているひともいるし

見えていなくて解らなくて知らないひともいる

私はただそこに疑問をなげかける存在でしかなく
わたしの存在にはまるで意味がない
根源的な何かが欠けている

お笑いだ

と思い、なげやりになっている

道は拓けているということは理解している
ただ、見えないだけだ

それが問題だ

苛立ちと怒り。


16日、出発直前の池袋。酔っ払いだらけだった。
18日の早朝も、やはり池袋は酔っ払いだらけだった。
そこにふと憤りというか苛立ちを感じたのだけど、
しかしその感情は正しくないのだと思い、そっと抑えた。
陸前高田市のことは、やはり私にとっても他人事なのだ。
ただ見てきたというだけで、肩入れすることは間違っている。
どうしたって、私に出来ることは何もない。
何か出来ることがあるはずだ、などと思うことこそおこがましいのだ。
私があの町を訪れた目的はそうではなかったはず。
そしてもう一度上海の夜を思い出し、私は帰途についた。
私たちはもっと大きく、根源的で、基本的なことを問われている。
それを学び、検討するためには何度でもあの地を訪れるだろうと思った。
実際、私はそうするだろう。
当然、考え方の違う人はいるし、それを否定するつもりもない。
それでも、私はその考え方が腑に落ちない限り、問いを投げ続けるだろう。
そして私はただ、考え続ける。

いつでも胸を張っていようと思っているけど、大抵上手くはいかない。
大きく深呼吸しようとするけれど、胸のつかえはどうも落ちない。
元来小心者なのに、納得できないことには牙をむいて食って掛かるからいけない。
なんかこう、もっと穏やかなやりかたがあるだろうに、と、毎度思っている。
やはり私は、何かに苛立って怒っているのだ、と自覚する瞬間でもある。
この苛立ちや怒りを、意味も無く「良くないもの」として鎮めるのではなくて、
その原因や対象を(私はこの怒りの対象すら未だ知らない)掘り下げなければ、と思う。
そうでなければ、どこに行っても私は同じように何かに苛立ち、怒るのだから。

考えごと。


陸前高田市から池袋に帰ってきたのは18日の朝5時半ごろ。
夜行バスの中では気絶するように眠っていたけれど、
結局することがないから暇つぶしとしてそうしているだけで、
実際には16日の夜からほとんど休まずにいた。
すぐに命に関わるような病気ではないから多少の無茶はするけど、
それでも回復の遅さで自身が健康体でないことを自覚する。
ただ、倒れて搬送される、なんていう醜態だけはさらさぬよう、
ギリギリの所でムリだけはしないように努めている。
無茶はしても無理はするな。とは、まあずっと言われていること。
どんなに体力が底をついても、自力で自分の寝床まで帰る。
それができないのなら行動は起こすべきでない。

***

ずっと、上海の街中と裏通りのことを思い出している。
物売りの少女を追い払ったこと。
ずらっと並ぶホームレスの人々を見て見ぬ振りをして立ち去ったこと。
彼らの前に置かれた空き缶の中に小銭ひとつ投げないままに、
裏通りを抜けた後、タクシーを拾いホテルに帰ってベッドで眠った。
彼らに対して親身に思うことは何も無かった。同情すらしなかった。
ただ、あの夜がいつでも脳裏に焼きついている。

人によっては、私を冷たい人間だと思うかもしれない。
とある募金箱設置の話に反対したことも、反感を買ったかもしれない。
それでも私にはどうしてもできない。どうしても。
上手く言葉にすることは出来ないし、言葉で説明できることではないとも思う。
でも言葉で説明しなければ誰にも伝わらないのだということも理解できる。
ことによっては、言葉にしたところで伝わるわけがないとも思う。

私は考え続けている。ずっと。

陸前高田市に行ってきました。


16日の深夜に池袋を出て、17日の早朝に陸前高田市に着く夜行バスで、
チューリップと水仙の球根を届けに行ってきました。
早朝にも関わらずサンビレッジまで取りに来ていただいたばかりか、
市内を案内までして頂き本当に助かりました。ありがとうございました。

現地に知り合いも何もいない状態で、それでも「行かなければ」という想いから、
往復の夜行バスのチケットだけ取っての超強行軍。
持病の症状もここのところ出っ放しで、ボランティア活動など出来るわけもなく、
「何をしに行くの?」「行ってどうするの?」といろんな人に言われつつ。
ただ、行ってくる。ただ、見てくる。目的はそれだけでした。
球根を届けるというミッションは思いがけないものでしたが、
おかげで「行って何もしないで帰ってくる」ということへの重い気持ちが和らいだ気がします。
これはありがたいことでした。

学んだことはたくさんあり、感じたことはやまほどあります。
しかし、現地で撮ることのできた写真をWEB上でシェアするかどうかは悩んでいます。
いや、たぶんしないと思います。
(あ、上の画像は現地のひまわりです。お花はたくさんありました)

このことの理由は語れば語ることも出来ますが、語っている間に、あるいは、語ることによって、
私が本当に言いたいことや本心が、どんどん不明瞭になってしまう気がしています。
言葉で説明することはとても難しくて、そのための言葉を捜したり学ぼうとしているんだけど、
それでもやはり、自分で発した言葉に対して「いや、そうじゃない」って思うことのほうが多い。
伝わらない、伝わらない、と頭を抱えてしまう。

今回、肉体的にも精神的にも金銭的にもギリギリの強行軍ではありましたが、
陸前高田市を訪れて本当によかったと思います。
ずっと釈然としないでもやもやしていたことが少しクリアになったし、
この先、確信を持って選択していくことができるような気がします。
うーん、気がする、とかたぶん、とかいう言い方しかできないですけど。

私は今までもそうであったように在り続けようと思いました。
そんなわけで……ようは自分探しに行ったのかもしれません……。
もうすぐ30ですけど……。ははは。

無くなる踏み切り。


高架がだいぶ出来てきて、この踏み切りもなくなるのか、と思う。
4年半前にこっちに来てご主人様のおうちに厄介になってた間、
夕飯の食材を抱えて毎日のように渡ったのを思い出す。
あぁ、なんかいろいろ思い出すなぁ。
そしてまだ、わたしは「いつかこの人も失うんだな」という想いから、
解放されないままでいる。思考はとめどないし、とりとめもない。

***

昨夜、なにかのきっかけから「花と蛇」について検索していた。
画像や動画をたくさん見つけては見ていたのだけど、
あれはなんなんだろうね、とても酷いもののはずなのに、
やっぱりどこかで美しいと感じてしまう。
それは私が杉本彩が好きだからかw
原作小説を読みたいとか、DVD本編を見たいとかも思わないんだけど、
ネットで検索して出てくるだけのものを見ているだけなら、
何か夢遊病にかかったような気分になって面白かった。
面白い経験をした。
分厚いアクリルか、ガラスを隔てたような、あの感覚が面白かった。

それはずいぶんな荒療治だったのだけど、
しばらく停止していた創作脳がかなり活性化されて苦しいぐらいです。
これを長く維持できるとは思わないけども、
まだ活性化できる部分があっただけでも救いでした。
このまま、腐っていくのかも、なんて思ってたもので。

ぼんやり、ぼんやり。


拒絶する私と、追いすがる私。
ただあの人のそばでぼんやりしていられたら、もうそれだけでいい、と思う私。
その私を押しのけて、命を削ってでも作り続けなければ生きていても仕方ない、と思う私。
この二人が、なかなか、仲良くしてくれない。
いまの環境にまだ慣れていなくて、ペースが乱れていると感じるのに、
私には「取り戻すべき自分のペース」が存在しない。
焦らずに少しずつ作っていけばいい、と思う反面、もう残された時間は僅かだ、と思う。

折り合いをつけたい、とずっと願っている。上手くいかないけど。
私は、創り続けなければ生きていられないのと同じくらいに、
あの人を失うことは、もはや出来ないのだから。