キイロイトリプレート2枚目。


朝昼とローソンのパン食べてりゃシールもたまりますとも……。
2枚目もらってきちゃいました。ははは。

今日は部屋をちょっと片付けて(ちょっとね……ちょっと……)
多肉さんのお世話をして(余計なお世話じゃッ!とか言われそう)
写真撮って、あれやこれやしてから、
漫画喫茶に3時間こもりに行って来ました。
なんだか1日が長かったなー。いろんなことやったからな。

漫画喫茶なんて、拾われ猫生活をしてたときに通ってたきりですが、
その当時は漫画が目的ではなくネットをしに行ってたんですよね。
なんだかなー、懐かしいなー。

で、いまの目的はっていうと……ずばり、ワンピースです(笑)
もう何年も気になってたんだけど、なかなか読む機会がなくて、
いざサンジとゾロにはまってみたら(やっぱりそれか)もう60巻越えですって。
こりゃー、コミックス買い揃えるのは無理だーと、漫画喫茶に行くことにしたのです。
でもなかなか時間取れなくて今日やっと行ってきました。
ヨコシマな理由が先に立っていて原作を読みに行くっていうのは初めてです。
だいたい原作が好きじゃないとヨコシマになんか考える権利もないでしょって思ってたので。
まあ、今回ばかりは仕方ない、そういう順序になってしまったのだから……。
しかしワンピース、面白いですね!
昨今はやりの漫画やアニメに面白いものなんかないって決めてかかっていたので、
ちょっとびっくりしてしまいました。絵も話も上手い。引き込まれてしまうま。
って、3時間で8巻までしか読めなかったので、まだまだ追いつくにはかかりますけど。
うーん、どこかの時点から壊れ始めるっていうのは何度も経験してるので、
そればかりがちょっと怖いですけど、ワンピースはだいじょうぶかな……?
ともかく時間見つけて漫画喫茶に通いたいと思いますw
今日の目標は、サンジが出てくるところまでは読む!でした(笑)
コックさんの華麗すぎる脚さばきにトキメキがとまらないどころか暴走気味……。
いいなあ、上手いなあ、安心して読んでいられる、安心してドキドキできるっていいなぁ。
ねえ、ガンダムAGEさん……?(何。

ところで、やっぱりあの、
(1)衣服のどこかが黒 (2)金髪 (3)片目隠れてるor障害がある (4)背が高い
という条件を満たす男性キャラを、もれなく好きになる病気は健在だと気づきました。
これはもはや病気だと思います。
パームのジェームス・ブライアン、南パプのサービスおじ様に引き続き、サンジですので。
他にも居た気がするけど考えないことにします。

さてさて、今日はゆっくり眠れそうですw

ゴールデンウィーク初日。

最近、どこに行くにも気づくとカメラを持っていません。
ノートは持ってるのに。
カメラは意識しないと持たない。
意識して持たないで出掛けてるわけじゃないんですけどね。
なんか撮りたい物があってもカメラ持ってなかった、ってこと多いですね。
別にそれでどうこうってわけじゃないんですが、
多分撮りたい物があったときに撮れないフラストレーションって、
気づかない間に溜まってると思うので気をつけたいと思います。
たいしたもん撮ってるわけじゃないんですけどね。
文章を書きたくても書けないフラストレーションって目に見えて解るから、
別のところでのそれは、結構自分で気がつかないんで……。
いま意識してダンススタジオに行くようにしてるのも、そういう理由。

写真がないとこのブログは文章がダラダラと続いてしまうので、
努めて載せるようにしてたんですけど。
写真なんかあってもなくても、読んでくださる方は読んでくださるし、
読まない方は読まないんだろうなって。はは。
読んでいただきたい記事は、読んでいただけるように努力するんですが、
読み飛ばしていただきたい記事は、あえて読みづらくしてたりもします……。
だからなんだって話ですが。
暖かくなってきたし、またフィルムも撮ろうかな。

ゴールデンウィーク初日は、スタジオが2時間取れたので踊りにいってました。
やっぱり日ごろの運動不足もあるので、1時間はウォーミングアップに使ってしまう。
それでほぐれたところで1時間踊りをやるのですが、
今日はどうも集中力が途切れがちで、途中、ちょっと途方に暮れてうずくまってしまった。
今週は特に悩むことも多かったし、また体が思うように動かないとべっこり……。
これじゃだめじゃんッ(苦笑)
なんとか日ごろから積んでいけるようにしたいもんです。
まー、ただ飛んだり跳ねたりしてるだけでもだいぶ違うんですけども。肩こりとかw
しかし今日は暖かかったからか、2時間運動しただけで結構汗かきました!
うんうん、ヒキコモリは徐々に直していこうw

このゴールデンウィークは、ここんとこガタガタになっている色々の立て直しとか、
自分のインプットとアウトプットの調整とか、今後の予定の調整とか、
裏方のいろいろをやっていくつもりでいます。
バイクもそろそろ動かさないと動かなくなっちゃうので、1日はちょっと遠乗りを。
水のあるところにいきたいので、ダム湖のほうに行くと思います。
勉強とか制作とか詰め込みたい気もするけど、
まずそれを積んでいくためのプラットフォームが出来てないので……。
出来てないっていうか、1回作ろうとしてたものが壊れちゃったっていうか。

多肉さんの植え替えとかもしたかったのですが、そこまで手が回るかどうか!
沖縄が梅雨入りしたって聞いたので、秋が来るまで待とうかなーとも……。
梅雨怖いよ……。
明日ちょっと様子見て、元気そうな子は植え替えやっちゃおうかなって思います。
そうしたら多肉ブログも更新できるなヽ(*´ー`)ノ

不健康診断……。

今日は月末の締め日だったにも関わらず、午後半休して健康診断に行って来ました。
しばらくぶりだなぁ。
もう何年も派遣社員やってて、派遣元の健康診断って受けないといかんのですが、
なんやかやとごまかして受けずにきたのです。
まあそれでも、別件で検査受けないといかんことがあったし、
そっちでだいたいのことは見てくれてたので個人的には良かったんですが、
雇用主の義務だからマジで受けてね!困るから!って話で……。
仕事がなくなるのは良くないですからねぇ……。
心にも体にもちょいちょい病気を抱えてしまうと、どうせ……って思っちゃうんですが、
そうでした、健康診断は受けないと仕事がなくなってしまうのでした。
なんとか慌しく午前中に色々片付けて、会場に移動……。
あっちこっちスタンプラリーのように巡って、最後に採血したんですが、
どうも橋本病の検査のときの恐怖が残ってて体がガチガチに……。
力抜いてくださいねーって何回も笑われてしまった。トホ。
だって橋本病の検査って、すんごいいっぱい採血しますでしょ。
あれでぶっ倒れたり過呼吸起こしたりして酷い目にあったことあって、
どうしても構えてしまうんですよね。
でも、健診の採血だから大さじ1杯ぐらいですよって言われてから、落ち着けましたw
ほんとなのかはわからないけどw ほんとなのかな?


昨夜もほとんどご飯食べなかったし、今日も健診終わるまで食べられなかったので、
もう4時近かったけど立川の揚州商人で野菜らーめん食べました。
野菜いっぱい!しあわせ!ヽ(´ー`)ノ

さて、派遣先の社休日が明日から6日までまるっとあるので、
いろいろやることあるなーと思っているのですが、
とりあえず明日は2時間スタジオに踊りに行ってきます。

考え事、落ち込んでいたこと。

ここ数日、ものすごく落ち込んでいました。
かといって、特に何かがあって落ち込んでいたわけではなくて、
10年以上付き合っている鬱病が、またちょっと復活してしまっただけです。
季節的なものなんでこれはもうしょうがないですねー。
まあ、でも、暗黒時代よりは守りたいものが増えたので、
どんよりとした沼から浮上するまでの時間もだいぶ短くなりました。
一時は「将来的」なんて言葉を見るだけで吐きそうになってましたが、
いまは少し軽口を叩けるぐらいには回復。
とにかく、沈んだ状態になるといちいち言葉に敏感になっていけません。

いまはどうも文章を書く周期のようで、小説をぼちぼち書いています。
写真の周期のときは、写真が一番頭の中を投影しやすいと思うのですが、
文章の周期のときは、まるきり、写真なんて難しくて難しくて何も写せません。
ただ、写真の周期のときでも、「文章でなんて何も投影できない」とは思わないので、
やっぱり自分に一番合っているのは文章なのかもなあ、なんて思ったりしました。
こうやってブログに書くものや、Twitterなんかに書いているものは、
まるで正しい日本語とは言えません。口語に近いからかな。
しかし、それだと普段から正しい日本語で話していないっていうことになるな。
いわゆる、雰囲気、とか、ニュアンス、とか、そういうふんわりしたことが、
私はあんまり好きじゃありません。だからしっかりしたいと思うんだけど。
でも、実際努力して正しい言葉を使おうとすると、何も言えなくなっちゃいますね。
そういうことでもまあ、いろいろ悩んでました。

結局のところ表現方法に関しては、自分から狭めてしまう必要はないのだし、
一番それを、ありのままに描き出せる方法をとればよいと思っています。
そう思ってはいるのですが。
創作表現そのものに対して疑念を抱いてしまってから、ガタガタと崩れはじめてしまった。
そして何も創れなくなってしまったら、どうなるのかなんて目に見えていたのです。
だって今までにも何度も経験しているから。
私は創ろうとする手を止めてしまうと生きようとすることを止めてしまいます。
創作表現に疑念を抱くのは、生きることに疑念を抱くことです。
だからつまり、季節的なもんです……どうしようもない……。

私は自分の鬱病は、こうなるべくしてなった、いわゆるひとつの病気だと認識してます。
だから、10年以上の通院、投薬、といった治療の中で、回復もしたし、完治(?)もした。
完治(?)して、通院も投薬も必要なくなった数ヵ月後に、再発して悪化もするのも、病気だから。
これは病気で、しかも治療すれば治る病気なのだから、向き合わないといかん。
そして、治療すれば治る病気を治療している最中なのだから、病気を理由に逃げてはいかん。
ある時期に比べたら、今残っている症状なんて本当に軽いもんです。
辛いのはせいぜい、音や光に敏感になりすぎるところと、不眠ぐらい。
あとは落ちているときに周囲の人に迷惑をかけたり傷つけてしまうことも辛いです。
けれど、ある時期のいわゆる発作と呼ばれた症状があったころに比べたら、
まだ社会生活もなんとか出来る程度ですから、余計に自分に言い訳をしてはいけない。
逃げてはいけない。そうやって、自分を追い詰めてもいけない。しかし、逃げてはいけないのだ。
そう思っていたって、どうしても及び腰になるし、逃げを打ってしまいます。
そこはもう、許容してかないとなーと、思ってます。

罹ってしまったがために、もう死ぬまで治らない病気があります。いまは体に2つぐらい抱えてます。
それが、明日の健康診断で変に何かの結果としてでないことを祈っているところですw
いったん平常値に入ったもんで、(どうせ治らないし出費酷いし)検査受けるのやめちゃったんですよね。
だから、また何かこう、検査行けといわれるとちょっとしんどい……。
もちろん「どうせ治らない」というのが一番大きいですが、やっぱ「治療する意思がない」ってのも、
またひとつ、あるんですよね……治らないと解ってても治療は受ける、的なものってあるじゃないですか。
そういうことは、ちょっと、私にはできない。できない理由があるので。
(医療費が、っていうのは、そのできない理由のほんの一部です……他にあるのです……)
まあ、でも、それすらやっぱ、自分の意思でそうしているんだから、
それを言い訳にして逃げを打ってはだめでしょ、って、いう、同じ落ち込み(笑)

で、この病気の話と小説の話がどこで関わるのかっていうとですね。
平成11年。いまから丁度10年前。の、3月30日に書き上げた小説がありまして。
「文鳥」っていうタイトルなんですけどね。
あろうことか、それを今、焼き直ししてるんですね。
いつも大事なところで逃げたりごまかしたりして、きちんと向き合っていなかったやつです。
うわべだけざざーっと書いて、「ま、いっか」って自費出版までしました。申し訳なさで地中に埋まる。
丁度10年前って、あんた、もう暗黒時代の真っ只中ですよ。
創作世界に逃げて逃げて逃げまくってたわけです。
あのころの私には、創作表現って言うのは真っ向から向き合う対象ではなくて、逃避先だったんですよね。
で、逃避先からも、逃げたくなっちゃったんですよね(笑) それがアリアリと伝わってきてw
むかしっから、書き始めた日とか書き終えた日をメモする癖があって本当に良かったです。
あのころ書いたやつだから、こうなるよねーw って思えるw

その話を、ちょっとずつ掘り下げていったら、いろんなことが解ってきまして。
脇役が主役格になってしまったり、「こんな人いましたっけ」って人とか、
あのころは考えもしなかった社会的背景とか、その人の過去とか、人脈とか、歴史とか。
その土地に根付いている宗教とか、コミュニティの関係とか。
とにかくいろんなものがぼろぼろと見え始めてきたわけです。
自分がいかにいい加減に彼らと付き合っていたかが解ってしまって、傷ついた、と。
それは人形たちも同じだな~、そろそろ本当に、しっかりしないと多分マシーがきれる。

もしかして、あの「文鳥」って冊子お持ちの方いらっしゃるかもしれませんが。
清楚なピアニストで、理不尽で凄惨な死を遂げているつもりで書いてた彼、ルカ氏は、
いまではしょっぱなから場末のバールでがばがば酒飲んで潰れて吐いてます。
生真面目でちょっとズレた感じの小説家で、先生と呼ばれていた彼、セイラ氏は、
怠け者だが勤勉で、執筆生活を維持するために溢れる好奇心を無理に抑えていたのに、
場末のバールで潰れたルカ氏を介抱したことから厄介なことに巻き込まれ、
長年温厚な人だと信じていたアパートの管理人に暴行を受けて流血しています。
最後にちょろっとだけ出てきて、ルカの死で気が触れたセイラを心配していた彼、トイ氏は、
探偵の真似事をしている弁護士なのに、探偵として大地主さんに雇用されてしまい、
しょっぱなで自分のことを「探偵」って言っちゃってるのでちょっとやさぐれていますし、
ずっと生きてますがずっと死亡フラグが立ちっぱなしです。

彼らが生きているのは私達とは別のどこかの世界である、というだけで、根源的な違いはない。
これもいつかちゃんと向き合うべき世界なんですが「約束の大地(仮)」という作中で、
「人形と人間には明確な差はない」と誰かが言っていました。
良いとか悪いとか、正義であるとか非正義であると言われがちなこというのは、
たいてい「ただ違うだけである」と考えると別の見方ができて開けることがある。
我々の中にこころが存在すると考えるのか、こころの中にわれわれが存在すると考えるのか、
あるいは、こころとは存在するものではなくて、行為や構成物の呼び名なのか。
正義とは何なのか。生命とは何なのか。愛とは何なのか。
考えても答えが出るわけでもないが、考えたいのだから仕方がないし、
その一つの手段として創作表現がある。そのことを私は忘れがちだ。これは命をかけたことなのに。

何のために創るのか、発表するのか、そんなことは、思い悩むほどのものではないのです。
だってその疑問は、疑問そのものがちょっと間違えている。
考えるための手段として創作表現があって、創作表現によって私は生きているのだし、
生きているのは、誕生したときにすでに決定した事項であって、どうしたって死ぬまでは継続するので、
そういう生命体である私が創作表現をすることは、ただの、自然の摂理だ。

しょーがない。

1ヶ月遅れのホワイトデーヽ(´ー`)ノ


2月に横浜のギャラリーで開催された猫の写真展に、
以前CP+でお知り合いになった方が出品されていて、
バレンタイン近かったし、チョコ持参で伺ったんです。
そしたら、ポストカードとモロゾフのチョコ送っていただいてしまった!
ありがたい!
こちらこそ大好きな作品たくさん見せて頂いて、
最終日でお忙しかったのにたくさんお話していただけて、
すごくすごく嬉しかったのですよー!わーい!

ちょっと落ち込んでいたけど元気が出ましたヽ(*´ー`)ノ
ありがとうございます!

土曜日はいっこさんと横浜。


土曜日は刀削麺食べに行くの付き合っていただいてしまいました。
ご主人様といっこさんありがとうございました。
京浜東北線とか横須賀線に乗ると、だいたい鎌倉に行ってしまうので、
用事がなければ横浜では降りないから、横浜久々だった気がします。
でもやっぱり、人が多いのは苦手だ。
稲城に住んでるとますます苦手になる一方。

この土日は、天気が悪くなければノートと万年筆とお弁当を持って、
多摩川でピクニックか、もうちょっと遠出をしようかと思ってます。
かつては、フィールドワーク、て呼んでいた作業。
カメラは持たないで、紙とペンだけ持ってぶらぶら出掛ける。
コンデジぐらいは、あってもいいかなぁ。
ノートは数冊。いつも使っている罫線のノートと、小説を書き進めているノート、
それに、無地のノートを1冊。
カメラはあくまで、記録用。地図だけだと迷子になって帰れなくなるから。
多摩の山に登るには熊鈴がいるかしらって調べたら、
他の登山客の迷惑だからやめれっていう書き込みだらけだったのでやめる。
5月の頭には、姐さんと丹波山にでも泊まりに行くかー。
そのために、フィールドワークに向く万年筆を捜す作業もあったりする。

自宅では、でっかいアザラシのぬいぐるみとか、もふもふクッションを抱いてないと何も出来ない。
弱っているせいだと思うのだけど。
じっとくっつかせてくれる暖かい物がいないと心と体の緊張が解けないんだと思う。
鬱病はまた再発してからというもの、数ヶ月の膠着状態。
考え事に「はい、おしまい!」って強制終了ができたら、そこで終われるのになぁ。

作り物の花

こういう働き方をしている限り、仕事があるだけでありがたいんだから、
一定以上の理不尽も大人しく飲まなければならない、
と、何度も自分に言い聞かせている。
それでも、プッツリ切れてしまうのを、どうにかしないとなぁ。
もっとなんというか、こう、堪え性っていうもんが私には足りない。

私が持っている知識を会話の中で把握して、
不足していると思われる認識を適切に与えつつ、
望まれているものを私に作らせることのできる人の、
「お願い」という名の「無理難題」をこなした。
それを見ていた別の人に振られた「無理難題」は、
「無理難題」である以前に「理解不能」で、
努力すれば理解できることだったのに、私がその努力を怠った。
意図的に。
そのことを根本的に理解していない人が、
自分がそれをする努力を怠るために丸投げにしたことを、
わざわざ拾ってやる義理は無い。そう思ってしまう。
見当違いの指摘ばかりを受けた挙句、
その指摘を何一つ反映しないで仕上げた結果を提示しても、
自分の言ったことを完全無視されたことにすら気づかれないのでは、
まったく張り合いが無い……なんて、思う。
そういう好戦的なことではいけない……自分の未熟さゆえの武装。
その上で、そのことを理解する努力、勉強する努力すらしなかったのは明白なのに、
「(自分が言っているやり方のほうが)あなたの勉強になるでしょう」
なんて、言われたら、それはまるで宣戦布告。
その言葉はそっくりお返しする。

そんでもって、それはまた自分に返ってくる。
あーあ、これじゃ同じだ、いつもと同じだ。
きっとこれで、いつか爆発して、何もかも嫌になってしまうんだ。
だからそうならないためにも、ちょっとずつ発散させていただく。
それを反省しつつ、私は学びを深めていくことにしますよ、と。

仕事の愚痴ではない。
自分の心の在りようの話し。

ところで、いまの職場でよく手を触られる(女性に)のだけど、
珍しいことにそれが全く嫌ではない。
結婚して自分がレズビアンだと気づいた、って話も聞くんだけど……。
いやいや、わたしは元々性別なんか関係ない派(なにその派閥)
愛用のノートやメモ帳に、不意に何か書かれても腹が立たない。
以前なら、創作ノートに触られただけで怒り狂っただろうに。
そういえば、この前は自分から進んでノートに「描いて描いて」って言った。

なんだかね。
なにか、心境の変化でもあったんだろうか。
自分でもよくわかりません。

平成9年の遺産

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全部は回収できていないけど、これを書いていた時のことは覚えてる。
学生の夏休みはとても長くて、宿題と部活の合間にはこれを書くことに夢中だった。
ひと夏で、B5のルーズリーフ60枚を文字で埋めた。
あのエネルギーの源は、ただ、不安と劣等感と恐怖だった。

あの頃を思い出そうとしている。
あの頃とはまるで何もかもが違うのに。

それが、それを始めてしまうことが、私には怖い。

いつか駅前で貰ったいろはす。


ミニスカートのお姉ちゃんがカゴにいっぱいのやつをせっせと配ってて、
あぁ~重いんだろうなぁ、って思ったら手を伸ばしていたよ。
電車が遅れてた朝でみんなほとんど無視してとおりすぎてたけど。
私も遅刻しそうだったんだけど。
サンプリングと試食、試飲の仕事は大学生のころにやってました。
ノルマはなかったけど、試食、試飲の数が出てないと文句言われるし、
売れなければ売れないで文句言われるし、
サンプリングは無くなれば帰れてラッキーだけど無くなるまで帰れないし、
ともかく8時間立ちっぱなしで辛かったけど何だかんだと何年か続けた。
やっぱ……あれで本当小売りって面白いなー!って思ったし、
いろいろ現場の人に教えてもらったのも覚えてることあるなー…。
陳列とか声の出し方とか。
声の出し方はここで変な癖ついちゃったってのはあったけど。
またああいう仕事やりたいなって思うけど、現場に立つのはもう無理だなぁ。
寂しいなあ。やろうと思って出来ることじゃないからな、さすがに……。
デパートとか専門店じゃなくてスーパーとかコンビニってことに意味があって、
物を売ることとか、その「物」に対する何かがあったわけじゃないっていう。
ある「流れ」というか、「動き」というか、時間とか生き死にの様子を感じ取る事が、
店を作ることにも、その日店に立つことにも関わっていて。

ま、いまさらなんですけどヽ(´ー`)ノ

創作のほうを選んでしまったのだなぁ。
なんとか、それを続けられるほうを選んで選んで、今があるというのに、この体たらく。
こればっかりは、またいつか別の道を選びなおしても、
同じ道に戻ってきちゃう気がするからこのまま行くつもりなんですけど。
よくわからん迷いがまだまだ沢山あるのです。困ったもんです。

今日は1ヶ月ぶりぐらいにスタジオ取れたので1時間だけ行ってきましたが、
ちゃんとダンスやってる人たちのすき間の1時間って感じだったので、
どうもそわそわしちゃって黙々とストレッチしてました。
まあ、こんな日もあるわな……。
最近ちょっと、卑屈で意地悪な自分が顔を出しすぎてて駄目だなーって反省ばかりしてます。
ノートと向き合おうとしてないのが悪いのはわかってるんですけどね。
なんか、ちょっと怖くってさー…。