或る街頭募金活動に対する違和感。

昨日、Twitterのほうでブツブツ言ってたことをブログにも書いておこうと思います。
あっちも見ていた方には繰り返しになりますが、140文字という制限がありましたので、
TwitterでのPostに追記をする形で整理します。

ココカラ(´ノ・ω・`)ノ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+

『復興支援で街頭募金活動されてるかたがいたので話を聞こうと思って話し掛けたら、
「まだ活動はじめて1ヵ月なんでよくわからないですけど」「ゼロよりイチだと思うので」
「行政に働きかけることは出来ないけど」「頑張ります」って後退りながら言われた』

※この一連のPostは、私が話しかけたその人個人に対するモヤモヤです。
その人個人に対するモヤモヤですが、「その人自身」というよりは、
「街頭募金活動をしている人」という記号に対するモヤモヤであることをご理解ください。
街頭募金活動の母体で、救援活動をしている団体さんへの何かではありません。
加えて、彼の、あるいは彼らの行動を否定するものではありません。
結果としてそのように見えるかもしれないし、そういうことになるのかもしれませんが、
私自身はそういうつもりでは言っていません。

というのも、私自身は復興支援活動には常に懐疑的ですし、
自分でそれをしようとも思いません。
そのことに意味を見出せないから、というのが一番大きな理由です。
私自身にそれほどの余力がない、という理由ももちろんあります。
「復興支援活動」は、私にとってはそれほどの情熱を傾けられるほど、
興味をそそられるものではないのです。

『突っ込んでも返ってくる内容には厚みがない。まだ現地には行ってない。夏に行くと言う。
行って何が出来るか解らないが出来ることがあるはずだと力説するわりに具体的な話が出来ない』

『二言目には「HP見てください」「本部に問い合わせてください」
それならそこまで興味を持てる話をしなさいよ』

『HPを見る、本部に問い合わせる、その労力の大きさを理解していない。
他人のお金を集めただけで何かをやり遂げた気にならないでほしい。
文句ではなくてお願いとしてそう思う』

※被災後に取り残されたワンちゃんの保護活動をされているとのこと。
人は仮設住宅や避難所に入れても、ワンちゃんは取り残されている。
言葉もしゃべれない。助けてあげなければならない。という。
震災は天災だったが、原発事故は人災、その後の対応の遅れによる二次災害も人災だと。
その人災の中に、被災地の動物たちを取り巻く現状があるという。
人間の為に、罪もない動物たちを苦しめて良いわけがない、と。

というか、そもそも人間のほうの生活がまだ「元通り」になっていないのに、
「人は助かっても動物は」と言われても、という思いもあってちょっとモヤッとしました。
被災地のほうで動物たちを助けられる余力がないので自分たちが、という意味かもしれませんが、
それであれば、それこそ「行政に働きかけない」という断言は一体何なのか。
被災地に限らず、日本におけるペットを取り巻く現状は根本から改めねばならないと思う。
愛護団体も絡んでいるらしいが、そういったことはそっちに一任ということなんだろうか?
立ち話では話しきれない、というような雰囲気だったら上手く聞きだそうかと思ったけど、
どうにも「解らない」「知らない」オーラばかりが出ていたので、
話していることもなかなか要領を得ませんでした。
今まで出会ってきたああいう活動をしている人特有の話し方というか。
こっちの話題の振りようによって、あっちこっちに話が飛んで筋が通らない。
ああした活動をしている以上、訴えたいことに一本筋が通っていて欲しいと思うので、
わざとあっちこっちに話を飛ばしてみたりしたのだけど、こっちが疲れてしまいました。

確かにそうした現状はあるだろうし、ペットや家畜の動物たちに関して、また、
それに関わっていた人々の想いは察するにあまりあります。
言っていることは立派です。そうかもしれない、と思うこともあります。
なるほどね、と思うことは確かにあるのです。
しかし、こうして街頭に立って募金を呼びかけているのなら、
「あなた自身」に何か強い想いがあってしかるべきなのではないか?
具体的な行動計画など、まだ模索中なら模索中でいい。
衝動的な「何かやらなきゃ」「何か行動を起こさなきゃ」だけで街頭募金活動をするには、
ちょっともう時期が遅いのではないでしょうか……。本当にそれでいいんでしょうか。

『根本的な解決を望まずに箱を抱えて駅前でわめき散らすだけなら一体何のための活動なのだろう。
安易な行為に走って中途半端に声をあげるだけならなにもしない方が害がないとすら思う。
「風化させないために叫ぶ」という。では叫んでいれば風化しないと思う根拠は何だ』

『「可哀想な動物たち」や「悲惨な光景」の写真を掲げて、お金を集めて、それで、何? の、
「何」のところが全く返って来なければお金を預けることは出来ないと思う』

『そういう写真を掲げて、更にお金を預けて貰うだけの根拠があり、
その上で「自身が望む何か」があるのなら喜んで預ける。
別に私は、喧嘩を売りたいとか、その人の行動を否定したいという理由で、
「それで何?」「だから何?」と言っているわけじゃない』

『自分自身がやっていることにすら理由を見出せないが、それでも動かずに居られない、
という気持ちは良くわかる。
しかし、何かが違う、と思えば「違う」と言うしかない』

※そもそも……。「政府や行政に働きかける気がない活動」は、いまどき復興支援に繋がるんでしょうか?
「政府や行政には口出しできないが、叫び続けることは出来るので叫び続けます」というのは、
実際問題、何かの役に立っているのでしょうか?
「風化させない」ということはそんなに大事なのでしょうか?
「忘れない」「忘れさせない」というのはそんなに大事なことでしょうか?

「忘れたい」と思っている人に、「忘れない」ことを押し付けることにはならないでしょうか?
駅前でそうして叫び続けるというのは、そういうことだと私は思うのです。
やめてくれ、やめてくれ、もう忘れたい。そう苦しんでいる人への配慮はないのでしょうか。
根本的な解決を模索しているのだとしたら、もっと他にやるべきことがあると思います。
お金がないのはどこも同じでしょう。(まあ、色々アレはありますが言わないですけど大体どこもないでしょう)
しかし、募金の呼びかけ方にはもっと他に方法があると思うのです。

実は、私が気に食わないと思っているのは単純にそれだけです。
「忘れない」ことを押し付ける権利がどうしてあるんでしょうか?
そして、そういう行為をすることのための、あなたの想いが感じられないのはどうしてでしょうか?
本当によく考えて行動をしてますか? あなたの行動に想いはありますか? 落としどころはどこですか?
根拠となる正確なデータはあるんでしょうか。それを提供してくれた人は嘘をついていないでしょうか。
どれほどのことをあなた自身の目で見て、肌で感じましたか?

あなたは、あなたの行動にどれほどの、確固たる根拠を持っていますか?

『「自己満足でやってるだけだから」 って言葉は免罪符にしちゃだめでしょ』

以上、自戒もこめて。

思い出す温度。

あんなに温かかったのに。なんて。思っただろうか。
あのとき、私は思ったのだろうか。

唐突に胸をせり上がってくる激情に耐えられずに泣いた。
まるで吐き気のようだった。
嘔吐するように涙が止まらなくなった。
ときどき発作のように起こる。
最初の何年かは頻繁にあったけれど、最近はあまりなくなっていた。
まるで忘れてしまったかのように。

時間が癒してくれる。時間が解決してくれる。

その言葉の意味が今なら良くわかる。
決して癒えるわけでも、解決するわけでもない。
そういうことではないのだ。
ただ、外側から見ると、そう見えるだけだ。
そしてこれは、もはや「悲しみ」ではない。

思い出す事は楽しいことばかり?
何もかもいい思い出になる?
本当にそうなっているだろうか。

残っているのは輝かしい思い出などではない。
自責と後悔ばかりだ。
そこから何とか持ち直すために、楽しかった日々を思い出すことが必要なのだ。
立ち直れなくなったら生きていけなくなる。
自力で自分の寝床へ帰れなくなるのは、病人にとって屈辱だ。
病人だからこそ、野垂れ死にはしたくない。
そんな想いだけが私を生かしている。

決して人前で膝をつきたくはない。

「陸前高田に行きたい」という感情


よっしゃー、今から乗るぞー! って鼻息荒く写真撮って、
チケットを渡すと必ず「あ、こっちじゃないです」って言われる私です。

先日行って帰ってきたばかりで、もう陸前高田に行きたい周期。
でも次にいけるのは早くても9月ぐらい。
それより遅ければきっともう雪に閉ざされる時期になってしまうだろう。
生まれてこのかた、東京以外で暮らしたことのない私には冬の東北は無理だ。
何かあったら現地の方にご迷惑をおかけする。だから冬は行かない。
しかし、春・夏・秋のいい気候の頃はボランティアさんも多く、気が引ける。

「陸前高田に行きたい」というこの感情は、「嬉しい」とか「悲しい」と同じだ。
これは、「陸前高田に行きたい」であって「陸前高田が好き」ではない。
「好きではない」のでもない。ましてや「嫌い」なわけもない。
というか、「好き嫌い」ではないのだ。0か1か、白か黒か、到底そんな話ではない。
ちょっと似てるなと思ったのが、しばらく実家に帰ってないときに、
「そろそろ帰らないとなあ」って思うあの気持ち。だけど多分違う。
あの土地には縁もゆかりもなくて、しかも震災がなければ地名を知ることもなかった。
なんだかなあ。
いま私が持っている感情のほとんどは、今までの人生のうちに経験済みで、
だからこそこの「陸前高田に行きたい」という感情だけを持て余している。
これは一体何なんだろう。
去年の9月のブログを読み返したら、あのときの私もやっぱり混乱していた。

震災はきっかけだった。
あの土地と出会うことは初めから決まっていたのかも。
なんて、身勝手なことを考えたりもする。
でもそうやって結果を急いではいけないのだ。確信が持てないのなら動き続けようと思う。
しかしやっぱりちょっとボランティアの方に対しては負い目がある。
働きもしないのに東京から一人で行ってただ遊んで帰ってくるっていうのには……。
だからいつも、何か出来ることがないかと探してしまう。
どうも順番が逆のような気がするけど。

「好き」とは違うけれど、やっぱり気にはなる。
行きたい場所だから、その地名が出てくればどうしても目をむけ耳を傾けてしまう。
そのことがやっぱり復興支援だとかそういうことのように見えてしまうようで、
話の方向が違っていることを「そうじゃない」と言ったところで解ってもらえない。
いまの一番の悩みかもしれない。うーん。正直ちょっと困っている。

でも、陸前高田の方に「またおいで」って言っていただけたのは嬉しかった。
言い訳をしなければならないのは、むしろ東京に居る間だけのことで、
あの土地にいる間や、あの土地の方とお話をしている間は、言い訳を考えなくていい。
正直な気持ちを言っても、眉をひそめられたり大げさに感心されたりしない。
変な気を使った話し方をしなくていい。そういうのも、なかなかどうして妙な感じだ。

……空気の流れと色、濃度、温度、湿度。この肌にかかる圧、におい、振動。
そこにじっと立っていると、肉体を持つはずの自分がたちまちバラバラに分解されて、
見えなくなるほど粉々になり、砂塵と共に風に吹かれて飛んでいく。
やがて巻き上げられて舞い上がり、雲に吸い上げられると、水を含んでふたたび地上に落ちてくる。
その間は、一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる。
おびただしい数の「個体」がぎゅうっと固まって「何か」を形成する過程を、
ビデオの早回しのように、スローモーションのように、眺めている感覚。
しかも自身はその現象の外側にいるのではなく、その現象の一部である。

全身全霊をそんな感覚に支配される場所がある。陸前高田だ。
「私」というものを形成する永い歴史の過程で、何かの因果があったのかもしれない。

白黒。


落ちパンダ。なぜパンダなのか。謎。

先日遊びに行った、陸前高田市のとうごう薬局さんに送るため、
ひまわりとコスモスの種を買った。
一緒にお手紙を入れようかどうしようか悩みながら便箋数枚に書いたが、
結局そのお手紙は破り捨てて、一筆箋に一言だけ書いて封入した。

ここのところ、頻繁に醜い自分がちらちらと顔を出す。
誤魔化したり、取り繕ったり、嫉妬したり。
中途半端な親切ヅラ。馴れ馴れしさ。私が最も嫌っている、私。
これに見て見ぬふりをしてしまうと、後でとんでもないことになる。
少なくとも後悔をするような事態にはなる。
一度立ち止まって、我が身を省みないといかん。そう思う。
だって、いつだってそれで失敗してきたのだから。
てか、もう手遅れかもしれんのだけどね。いろんなことに。トホ。

アウトプットもインプットも上手にできなくなっているのは、
単に疲労と体調が酷いせいだ。
まあ、1週間も眠れなければ仕方ない。
仕方ないので、TSUTAYAでDVDを借りてきた。
コンビニで聞く「ポイントカードはよろしいですか?」という、
妙な日本語にうんざりして作ったTカードが役に立った。
借りたのは、「映画を観る前に旧作を観ておくように」と指令のあった「MIB」。
一人でぼんやりとコーヒーを飲みながらDVDを観る。
こんな時間を作れるだけ、回復してきたのだと思うことにしよう。

ところで、「MIB」は色彩の印象が薄い映画だな、と感じた。
中身は面白かったのだけど。
スーツのせいかと思ったがそういうわけでもないようだ。
色のある場面を思い出しても、どうにも印象が薄い。
白だの黒だのというのではなくて、「印象が薄い」のだ。
どんな感想よりもまず、それが出てきたのは一体どういうわけなのだか。
明日は2作目を観ようと思う。

「バッドエデュケーション」の痛いような色彩を繰り返し観た時期があったせいか。
あるいは、「愛を読む人」のセピアが胸の奥で淀んでいるせいかもしれない。

別の問題。


わが命をつなぐマイスリー……
やっと……やっと手に入れたよ……(ガクッ

薬局で貰ったおくすり手帳用のシール。
おくすり手帳持ってないし、いつもは捨てちゃうんですけど、
たまたま前回のシールだけスケジューラーに挟んであって、
それ見たらエチカームの0.5mg(頓服)とサインバルタ(夕食後)のみ。
……就寝前のおくすりがまるっと処方されてない。
エチカーム1mgとマイスリーは何が無くとも必須のはず。
って、診察で何度も言ってて、前回は落ち込みが酷かったからってんで、
それに抗うつ剤がプラスされただけのはずだったのに、
なぜかマイスリーがサインバルタに変わったことになってたらしく。
やめてくれよ、死んじゃうよ。

月曜日の仕事の後にあの病院まで行くのは正直しんどいんですが、
このままの状態で金曜日まで生きられる気がしなかったので行って来ました。
帰ってきたらもう21時じゃよ……夕飯はカップ麺じゃよ……ズルズル。

前回の診察時は暗黒時代にも匹敵するほどの落ち込み具合だったので、
ぼんやりしてた(半分意識がなかった、が正しいか)せいもあって、
ちゃんと確認しなかった自分が悪いのだけど……。いやはや……。
1週間以上もまともに眠れないっていうのはなかなか拷問でしたよ。
まあ、マイスリーで眠れるレベルなので、不眠症も徐々に改善はしてるんですがね。

ところで、抗うつ剤のサインバルタは新薬で、副作用も初めだけしかなかったですが、
ちょっと薬価があんまりにもあんまりなので飲むのやめさせてもらいました……。
何とか落ち込み沼からも脱しつつあることだし……。
もう自分のうつ状態は、抗うつ剤でどうにかするレベルのものじゃないと思うんだな。
それよりもどこかに出掛けたりとか、歌ったり踊ったりすれば晴れるもんだと思うんだな。
レベルっていうか、種類っていうか。
ともかく、落ち込み度合いは酷かったけど、浮上できないような落ち込みではないわけで。
浮上するまでのスパンが多少長くても、「浮上できない」ってことはなくなってきてるし。

前に、東京都の自立支援制度?みたいの適用されてた頃は、
いくらでも病院にかかれたので、回復させようとする意欲が殺がれていた気が。
暗黒時代はそれこそ、ほとんど無料で診察が受けられて、くすりも貰えて、
その後に助成制度が改正されてからも、大した金額にはならなかったし……。
やっぱりそこに甘えが出てくると、治そうっていう気持ちがなくなるし、
治らないことにメリットはないけど、治ることにもメリットがないような気がしてくる。

だから、自立支援制度が本当に自立を支援しているかどうかっていうのは、
私には正直解らないなって思います。
その場所にいることがただ心地よくて、そこに甘んじてるだけの人もいるだろうし。
もちろん、本当にそれが必要な人の存在は否定しないにせよ。
こういう、「助成制度」「支援制度」ってものは色んなところにあるけれど、
それが果たして本当に、本来の意味を成しているか、達しているかと言うと、
そうでもない気がするんだな。
あるいは、どこかの誰かにとって都合の良いように回っているのかもしれない。
「本来の意味を成す」ことと「それとして成立する」こととは、
別問題なんじゃないのかなーっと、思ってしまう今日この頃でした。

さて、今夜は眠れるかしらー。
相当疲れがたまっているので、多少ほぐれるまでは眠れないかもしれません。
うむむ、気長にがんばる。

感触。


曇りの日にピンホールカメラモードを使うとホラーみたいな絵ができる。
VQ300さんがWindows7に対応していないので、低画素カメラに飢えてきた。
どうやらアップグレードすればXPモードというのがあるらしいので、
それで読み込みが出来ればいいのだが、出来なかったら無駄金払うようで気が進まない。

ここのところ、会社でも家でもパソコンに向かう作業が多くて、
眼精疲労のままにサッパリ精神的にも余裕がなくなり、
これじゃーいかんな、と思ってる矢先に、体力に麦ロックが掛かってしまった。
(麦ロック=某戦争ゲームで農地が破壊され、穀物の消費が生産量を上回ってしまう状態)

昨日、今日とバイクをいじっていたので少しはマシになったか……。
精神的な打撃は大きかったし、疲弊はしたものの、手先を動かす作業は大事なのだ。
だから何というか、有意義な週末だったというべきなんだろう。
今夜はちゃんと休んで来週は何とか皆勤したいもんだ。

ここのところ万年筆も満足に触れていないし、紙にも触れられていない。
多肉さんの様子もちらとしか見られていないし、本も読めていない。
疲れを癒すことはもちろんのこと、こういうフラストレーションを溜めるのは良くない。
直接この手で触れて確かめられない仮想的なものばかり相手にしていると、
実際に対峙して触れることの出来るものがあっても、
その触り心地、感触を、信用できなくなってくるものなのだ。

「想い」「ココロ」「いのち」
そういうものを相手にしようとしている以上、自分の感覚が信用できなくなったら、
それこそ八方ふさがりになってしまう。

サバイバル。

なぜかしら くすりがないの 袋ごと
眠れぬ夜は 今日で七日め(季語なし)

なぜでしょうか。マイスリーが袋ごとまるっとないのです。
サインバルタとエチカームはあるので、もしや入れ忘れなんじゃ、って。
いやいや、ヒトを疑ってはいけない。大抵こういうのは自分が悪いんだ。
でもどんなに探してもないのよ、マイスリー。1錠も飲んでないのよ。
これで飲んだ覚えがあればどこかに紛れてると思うんだけど、
1錠も飲んでないっていうのはどうよ。入れ忘れなんじゃないのか……!(バンバンッ
風邪気味でもあるのと、ルルA錠に含まれている成分で大変だる眠くなる性質なので、
マイスリー代わりに飲むっていういけないことをやっています……。
ほんとどこいったんだろ……。次に心療内科行くの来週の金曜だよ……。
それまで風邪が治らないでいてほしい。ルル飲む口実ができるから(ぉ
でも眠りの質が悪くてかえって疲れるんで、単に横になるだけでいいのかな、もう。
ところで、サインバルタの薬価がちょっと泣けるレベル……。
今まで抗うつ剤は悉く相性が悪くて飲み続けられなかったので、
抗うつ剤が必要なレベルになったタイミングでは、だいたい新薬を処方される。
サインバルタは初めの数回、吐き気が酷かったけど落ち着いてきたから飲めるかも……。
向精神薬は副作用との戦いが辛いですな。まあでも自分の鬱病は治る事が解ってるので。
こんだけ再発に再発を重ねてるともうね、ちょっと酷くなったぐらいじゃ動じませんね。
表向きは動じまくりだけど根っこのところが段々揺れなくなってきます。
いや、まあ、治る。ってところからは、揺れなくなる。なってるはず。だ。はは。


陸前高田市 未来商店街の東京屋さんにいらっしゃる方。
やはりヒトガタのヒトではないものを撮るのがいちばん落ち着くと思った。
私があの土地でちょいちょい再会する「初心」っていうのは、
こうやって持ち帰ったものに潜んでいることもある。
ので、やっぱりこれからも私はヒトガタと関わり続けていくのだろう。

私が関わっているモノは、「人形」でもなく「ドール」でもない。
けれども、「人形」とも「ドール」とも呼ばれる。
私が創っているものは「写真」であって「写真」ではない。
「生きている」モノであって、「生きている」モノではなく、
「生きていない」モノであって、「生きていない」モノではない。

活動を休止して(一応休止してます…)よりいっそう、
「何をやってる人?」という質問に詰まるようになってしまった。
前から「ええと~」って感じだったけど……。派遣社員です……。

先日、チューリップを綺麗に咲かせていただいて嬉しかった、って話を某所でしたら、
「そんなに喜んでもらえたなら、また送ってあげたいって思ったでしょう?」
って言われて、正直、何を言っているのこの人、って思ってしまった。
育ててもらって、そのお花を見ることが出来て、嬉しかった、って話だったつもりなんだが……。
確かに、喜んでいただけてたのは本当だけど、捕らえ方がやっぱ、違うのだな。
「送ってあげた」わけでもないし……。
必要だと聞いたら、自分に出来ることを探してみるだけですよ。
あったらやる。なければやらない。
そういえば、さんざん「ボランティア」って言いふらされてたな。
「なかなか出来るもんじゃないよ」とも言われたな。
なんであそこでイラッとしてしまったのか。

でも確かに、「自分がそうしたい」と思うことでも、実行するにはエネルギーがいる。
そのことを褒められたのだったら、喜んでも良かったのかもしれない。

野に咲くー花のよーうにー。

風に吹かーれてー。
って、口ずさみながらコンデジのほうのデータ確認。
池袋でけせんライナーを撮ってから「さて乗ろう」とチケット出すと、
「あ、こっちじゃないですね」って前回も言われたけど今回も言われたの。
消そうかと思ったけど残しとく。悲しいから載せないけど。


陸前高田市にある英国式ガーデン。花の数はスゴイが土地が広すぎて写真に撮ると土の色。
小高い丘の上にあるのだけど、ふきっさらしでした。
ちょうど風が強すぎる日だったから飛ばされそうになりましたよ……。
オランダフェスっていうのをやってたのだけど、屋台のテントが飛びかけてました。
いやはや。

何か書くことがあった気がするんですが、忘れてしまったのでもう寝ます。

陸前高田市に遊びに行ってきました。

※読み返したけど日本語がめちゃくちゃです……。
※通じない箇所があるかもわからないですが、それだけテンコモリだったってことでひとつ。
※頭の中に詰めて持ち帰ったことを、まだ整理整頓できてないのです。
※が、改めて、12日にお世話になったみなさまありがとうございました。

11日の夜に池袋を出るケセンライナーに乗って、一路岩手へ。
いろいろ溜め込みすぎてどうしようもなくなった時に、
ふらっと遠くへ行くことは今までもよくあったけれど。
ここんとこ、どうしようもない壁にぶつかって立ち直れなくなると、
陸前高田のことばかり考えるようになってしまった。

去年の9月に行った時もそんなタイミングだったと思う。
けれど、時期的に「ただ遊びに行く」=「不謹慎」とか言われていたから、
何か理由がないと行ってはいけないような気がしていた。
そこに、チューリップの球根を持っていく、という大義名分が出来た。
それにしても、東京から一人で、球根を運ぶためだけに、
現地には宛てもなく行くと言っていたので、よほどご心配をかけたのだろう……。
そのときに、わざわざ早朝に受け取りに来てくれたなかぐちさん(@HELPTakata)に、
今回もお世話になることになっていた。
とりあえず午前中は移動の疲れがあるので人と会うのは無理だろうと思い、
お昼から合流、という約束。

で、現地に着いたら、風が強かった……。
強いなんてものではなかった。空が唸っていて、いろんなものが飛んできた。
とりあえず市内に降りてみようと歩いていると、先日の雨で道路が崩れているのが見えた。
バス停がサンビレッジから市庁舎前になったのはありがたい。だいぶ楽だ。

市内に入ると、去年見た廃車の群れがなくなっていて、建物の痕跡もだいぶ消えていた。
そこここに花束が置かれているのが見え、花壇が作られているところもある。
しかし、市庁舎や学校、大型スーパーなどの建物は、まだ残っていた。


瓦礫の様子も、去年の9月に見たのと大して変わっていないように思う。
それにしても寒かった。寒くて風が強すぎた。耳がもげるかと思うほど。
実際、諦めて引き返す頃には、耳鳴りがするほど冷えていた。
時計を見たら1時間半は歩いていたらしい。そりゃ冷えるわ。
その頃になると徐々に交通量が増えて、市内でもうっかりすると車とご対面してしまう。
ぼんやりと歩いていられた去年とはちょっと違う。

冷え冷えになりながら、道を引き返して竹駒町に向かった。
その途中で「りくカフェ」の看板を見つけて行ってみたけれど、早すぎたようで誰も居なかった。


去年お渡しした球根を育ててくださった、とうごう薬局さんに辿り着いた。
それから、なんやかやでコーヒーをご馳走になり、お弁当まで食べさせて頂いてしまった。
おなかがすいていたので遠慮なく頂いてしまったけれど……おいしかった……。
午前中は一人で、のはずが、とてもにぎやかな午前中。嬉しかったです。ありがとうございました。


ふと振り返ると、はるか彼方に一本松が。
市内から竹駒町までは、かなり坂を上ったと思うのだが、津波はここまで押し寄せた。
海からは7~8kmほどあるという。


咲いたチューリップ。育ててくださってありがとうございます。

それから、なかぐちさんと合流して、未来商店街産直はまなすに連れて行ってもらう。
けせん朝市でポン菓子を2袋(1袋が大量×2袋)頂き、リュックに押し込んだが無傷で持ち帰れた。
産直はまなすでも色々と頂く……リュックがどんどん頂き物で埋まっていく。
頂いてばかりもいられないので、けんけらとかグッズとか買ったのだけど、
けんけらが美味しくて……!!! もっと買っておけばよかった……しょんぼり……。

その後、広田半島をぐるっと案内していただいて、市内も案内していただき、
それから夜行バスまでの時間つぶしにまで付き合って頂いて……しまうま……。
最後はBAR れもんはーとさんで少しお酒を頂いたのだけど、いやー、楽しかった。
あんなに楽しくお酒を飲んだのは久しぶり。
今度なかぐちさんにお会いするときは連れて行っていただこう、と思ってたのだけど、
言わずともキッチリ連れて行ってくださったことに感謝感謝w

今回は、まあ、風が強すぎたこともあるけれど、写真もあまり撮っていない。
どころか、記事としてご報告するべきことがあんまりない。
あっちこっちでおやつ貰ってたことぐらいか(笑)
肌で感じることが多かったというか、それに忙しくて写真なんか撮っていられなかったし、
それよりもその場の空気を頭の中にスケッチするので大変だった。
何かを吸収するには、いつもだいたい精神状態が悪くて、心も体も凝り固まっている。
その、閉ざした心にすき間をあけてくれるような場所が、私にとっては陸前高田なのだと思う。

震災がなければ、知ることもなかった土地だと思うから、
きっかけは震災だったのだけど。
単に、それは「きっかけ」だっただけだと、私は思っている。
東京に帰って陸前高田市に行ったと言うと、だいたい「ボランティア?」「復興支援?」と聞かれる。
私には、そこまでの熱意はない。
「チャリティー」にも早々に飽き飽きして、手を引いてしまった。

けれども、今回も私は、私の「初心」と少しばかりすれ違うことが出来た。
つまり「彼」は、もうずっとそこに居続けていて、もしかしたら居座ることに決めたのかもしれない。
「彼」がいる限りは、その土地は私にとって「友人」と同義で、
「友人」を思うことに、理由や大義名分は必要ないはずだ。
だからこれからは、去年の私のように、あの土地を訪れるための言い訳を考えなくて良いのだと思い至り、
少しばかり気持ちが楽になった。なんだか、まだ色々言い訳を考えようとしてしまってたので。
目に見えない「初心」なんていうもの以外にも、実在する人で「会いたい人」もたくさん出来た。
食べに行きたいものも見つけたし、買いに行きたいものもある。
だから、それ以外の「言い訳」を考えるだけの労力を、もう、他に回してもいいということ。

結局、もうほとんど暗黒面に落ちかけていたところを、救済されて東京に帰ってきた。
実は先週ほとんど行ってなかった会社にも、なんとか今週は皆勤……まだ火曜日だけど……。
もういやだー!うわー!ってなっていたことも、少しずつ修復・復帰。

本当に、土曜日にお会いできた方々には感謝の言葉もありません。ありがとうございました。
また遊んでくださいヽ(*´ー`)ノ


大牙(タイガ)にもまた会いたい……。ちっともこっち見てくれなかった。

住宅街の喫茶店


先日、ぐるぐる歩いて茶菓居さんを見つけたのです。わーい。
一回は行ってみないとなーって思っていたので、見つかってよかった!
お店はとってもあたたかくて落ち着いた雰囲気でした。
ゆっくり書き物をする場所が近所になくて困ってたので嬉しい。
また今度ノートとペン持って行きたいです。


ケーキセット、たっぷりヽ(*´ー`)ノ
けっこうお腹いっぱいになりましたw
コーヒーはポットで出してくださるので、カップで2杯ぶんぐらいあります。
美味しかった!
ブリュレは紅茶風味ですごく美味しかったです。
カリカリした表面がたまらんです。

あ、そうそう、明日の深夜発の便でまた陸前高田市に行ってきます。
去年の9月に行ったきりですが、あれからどうなってるんだろう。
Twitter経由で情報を得ている感じだと、だいぶ変わったような……?
去年お世話になったなかぐちさん(@HELPTakata)にもお会いできるようなので、
とても楽しみです。楽しんできます。
12日の早朝に着いて、午前中は(眠気もあるし)ぼんやりしてるつもりなので、
行動するのは昼ごろからになると思います。
現地でお会いできそうな方、いらっしゃいましたらその時はよろしくお願いします。
じゃっかん人見知りするので無駄にハイテンションかもしれませんが、
怯えないで相手してやってください(何w