おわりのはじまり

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長いこといろんなものに埋もれていた作業台を片付けて最後の作業をした。
思い返せばあっという間だった。
それなりに楽しかったけど、疑心暗鬼に苛まれ続けた数ヶ月は酷く苦しいものだった。
それでも手を止めることができないのはつらかった。
なぜかと問うのは無意味だ。
わかっていてもどうしても納得がいかない。

もうじき、終焉を告げる月が昇る。

傷。

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これでラストの作業になると思うが、最後にデカイのが残ってしまった。
とにかく取り掛かろう。もう四の五の言ってる暇もない。
予想以上の消耗で、もう立っているのもやっとだが、自分を支えるものは最早自分の意地しかなく。
残っているかもしれない何かをかき集めては、霧散するそれを虚しく見上げる毎日。
努力をするより足掻くのをやめろ、という。
それでも足掻くのは、それをやめたら二度と心が戻らないことがわかっているからだ。
悪循環。
苦しみから解放されるためにどうしたらいいかもわかっている。
ともかく幾重にも闘っているから重傷を負っているわけだが、まだしばらくはこのまま歩くしかない。

心身ともにとっくに限界を越えているせいか、ちょっとした大怪我が増えた。
うっかりちょっと切ってしまった、刺してしまった、という傷ほど深い。
なんの気なしにやってしまった怪我は、どうってことない、すぐに塞がる、と思いがちで、対処が遅れたり間違えたりする。
でも、足掻くのをやめて自然に任せたら、いつの日か痛みは和らぎ、跡形もなく消える。
心の傷も、体の傷も、大抵の場合同じだ。
大きな傷は、たいてい「ついうっかり」で出来る。
取り返しのつかない傷は、心だろうと体だろうと取り返しがつかない。

そういえば、血が止まらなくなるとビビって水で洗い流そうとする癖がある。
余計に止まらなくなるのは何度も経験してるのに活きない。
まずは止血に困るほどの怪我をしないで済むようにしたいもんだ。
血液も足りている方じゃないのだから。

今夜は早く寝よう。

いのちの大切さ

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いのちの大切さ。
そんなことを教えられるひとがどこにいるのか。

イジメや自殺が話題になるなかでの「誕生学」の導入は、完全なる「大人の事情」であって決して問題を直視する動きではない。
いま問題の根っこにあることは、「命を粗末にすること」ではない。
それは「表向き話題にすることである一定の評価を得られるかもしれないタイトル」である。

誰かに教えてもらうのではなく、自ら学びとろうとする機会を奪うことにどんな善意があるのだろうか。
ルルーシュいわく、「押し付けの善意は悪意と同じ」である。
コードギアスのテレビアニメはまだですか。

どーにもこーにも。

前2つの記事があんまりにも暗すぎたので消しました。
片方の記事にのっけた画像だけぺたんちょ。
どーも、とっくに心身ともに限界を超えてるせいか、
自分を傷つけるような言葉しか出てこなくて困ったもんだ。
誰も彼もが敵に見える。

傷を癒すのは信頼だが、信頼は一朝一夕で手に入るものではない。
だが傷を広げるのも信頼だ。と、ウシロが言う。
選択の時は迫っている。わたしは未だ、うずくまったままでいる。

プニュグリップ

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書き味は好きだがペン軸が硬くて長時間筆記できないボールペンに使えないかと買ってみた。
思った以上にプニュプニュしてる。
uniのアルファゲルほどではないがあれの手前ぐらいだ。

困ったことが解った。

まず鉛筆への装着が前提で作られているため、BICのオレンジやゼブラのラバーグリップぐらい細身でないと装着できない。
また、装着できる・したいボールペンはだいたいキャップ式なので、クリップ部分が邪魔になる。
キャップ式ボールペンはだいたい深く刺さるように出来ているので、かなり尻側に装着しなければキャップがしめられない。

結論:使えない。

うーん、良いアイディアだと思ったのになぁ。
ノック式ボールペンで細身のってあったかなぁ?
(目的と手段が逆に(笑))

不可能な和解

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我々は、ある抗いようのない法則の中で生きている。
日常の中でとても些細に思われる現象が、実は大きな仕組みを形成していたり。
人生を左右するイベントのように思われることが、ある巨大な仕組みの一部に過ぎなかったり。
可能のように思われることが絶望的に不可能だったり。

例えば、ある不可能な和解がある。
それは恐ろしく絶望的に不可能な和解である。
だが、あくまでそれは「現時点」での話だ。
以前は全く不可能で、現在まで引き続きずっと不可能で、
現時点では恐ろしく不可能であっても、
これから先も永遠に不可能であるとは限らない。

流れは淡々としている。
どこで淀み、どこに流れ着き、何を描いていくのか。
それを知るためには、この命はあまりにも儚い。

ぼやぼや。

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どうも最近アルコールが体に合わない。
一睡もできなかった。
無理をするとろくなことがない。
だが、おかげでぼんやりと考えごとができた。

前のエントリーから解ることがある。
いわゆる「イジメ」が、茫漠とした大きな不安から形成された現象だとすれば、そこに「悪い人」は存在しない。

誰も悪くない。
だが誰もが罪を抱いている。
その自覚があるかないかの違いだ。
無自覚なら「よりよくする」ための努力をしないことにも説明がつく。
「価値観の相違」「考え方の相違」という、エクスキューズが自覚を促す働きを阻害する。

必要なのは住み分けであって、対話ではない。

ツケ。


リトルジェムのカケラを去年から鉢の中に放置していた。
思い出して水をやったらあっという間に大きくなった。
でも、あっという間に大きくなったものでも、
気付いたら枯れたり腐ったりしていることがある。
こればかりは運だ、と思う。
どう手をかけたから育ったとか、どうしたから枯れたではなく、
考えうる限り適切な状態を保つ努力をしている限りは、その後は、
運次第で死んだり生きたりする。
そのどっちの運が良いのか悪いのかなんて、即座にはわからない。
そんなことは、もっと後になってから、他の誰かが決めるのだ。
多肉植物を育てていて、考えるのはそんなことばかりである。

「三月のライオン」という漫画が好きで読んでいるけど、
やはりイジメのくだりはキツかった。
まだ私の中で解決できていない問題なのかと思うと自分でも驚いたが、
解決できていないのはイジメそのものではなく、
その後、自分の身に起きたことや、自分の誤った判断や、
運の悪さ、あるいは良さなどが、苦々しく思い出されるせいだろうと思う。

イジメ、という言葉を最近よく聞くので、少し過敏になっているかもしれない。
それはあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。
何とか生き延びた自分自身ですらそう思う。
亡くなった方の生前にその身に起きたことなんて、もう誰にも解らないだろう。
それに、事実が判明したところで、それがどこにどう作用するのか解らない。
解らないこと、見えないことは、途轍もなく恐ろしいものだ。
だから見なかったことにしたり、知らなかったことにする。
そのほうが、「みんなのため」になることもある。
どこか一部分の社会を指すのではなく、もっと大きなもの。
それこそ、それは茫漠としていて輪郭すらつかめない。
何か、「得体の知れない大きな不安」というべきものは、
いつでも全体をぼんやりと覆っていて、誰もが見てみぬふりをしていると感じる。
不安の霧は濃くなる一方で、晴れることはない。

責任を取ることは怖い。痛みを伴うことは出来るだけしたくない。
私もそうだ。今も昔もさして変わってはいない。痛いことはしたくない。
しかし、誰かが責任を放棄したら、誰かがそれを負わなければならない。
それは不安の霧と同じように、大きな大きな渦を描いている。
同じクラス、同じ学校、同じ会社、家庭、その中で巡るとは限らない。
隣近所、もっと遠く、もっともっと遠く。そして責任の所在は解らなくなる。
「責任」は、そういう名前で呼ばれるから忌み嫌われるのであって、
いわゆる一般的に言われるそれよりも、もっとベーシックなものがある。
発生した時点で、負っているもの。負わなければならないもの。
それを持っていなければ生きていられないもの。
いのち、と呼ばれる途方もなく複雑なシステムのような。

その責任を放棄して、放棄しきれなかった場合。
それでも、やはり責任は取りたくない。
放棄しきれないのに、拒絶を続けていく。
そういう感情が、在り方が、「イジメ」のようなものを形成していくのだ。
当事者だけの問題ではない。もちろん当事者にも問題はある。
だが、それは所詮、表面の問題でしかない。
どこかの誰かが、責任を取ることを拒絶している。
だから、そのツケが回ってきている。

「自分は悪くない」「何もしていない」
「悪いのは自分ではなく、もっと別の何かだ」

そうして拒絶して、放棄する。そのツケを払うのは誰か?
誰でもない。
「自分にとっては誰でもない、どこかの、誰か」だ。

イバライガーサイダー

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茨城のお友達に送って頂いてしまいました。
ケースで!(どーん)
ありがたい! ありがとうございます!
これでしばらく生きていける><。

あれ?
いや、大丈夫だよな?
ブログに書いても命は狙われないよな?
輸出入禁止じゃないよな?

た、助けて! イバライガー!!!

コンビニでみつけた。

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スポーツようかん。
なんか塩ようかん? みたいな感じでした。
普通にようかん。
でもこれ喉乾くよー! リコピン飲む!
リコピンはあんまりとまとましくなくって普通の野菜ジュースだったので、
もっととまとましくてもいい気がしました。
ご飯食べるタイミング逃してしまったので、
夕飯までの繋ぎで変なもの食べてしまいました。