収集とコレクション。

何かを「収集」して「コレクション」することは、とてもダサくてかっこ悪いことだと思っていた。
「それ」に固執して、やがては収集の効率化を図り始め、なぜ集めていたのかも忘れていく。
効率的にたくさん集めて、たくさん集まったといっては喜び、たくさん持っていると言ってはひけらかす。
そんな資本主義的なものだと、私はあらゆる分野の「コレクター」を憎んですらいた。

のだが。
スタンプと郵便の沼に片足を突っ込んで1年もすると、いつの間にか「収集」をしてしまってるものでして。
ポストクロッシングで世界中から受け取ったハガキはそろそろ50枚。
そのハガキに貼られてくる色とりどりの切手に魅せられ、切手の博物館に通いだす始末。
そこで出会った切手収集家の方の情熱に中てられ、ジュニア向けの切手収集雑誌を読んで感動し、
今度の休みには浅草の都産貿で開かれる切手展に行くつもりです……。

切手収集家の方って、ただ切手を集めてるわけじゃないって知ったのがまあ、ショックで。
もちろん人にもよるでしょうけど……。
それぞれに好きな国や図案や歴史があって、集めるだけでなく、切手発行の時代背景とか、
その図案についてとか、図案の対象物の成り立ちや歴史とか、そういうのにやたら詳しい。
というか、切手って歴史や文化を反映してるものだもんな……など……。

これ以上趣味増やしてどーすんだって感じですが。まあ、どーにかなるでしょう。

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ところで、これ。スタンプです。駅とか博物館とかの。
スタンプ帳は時系列で押してますけど、そのほかにハガキサイズのカードにも押してます。
あとで並べ替えるために、スタンプ集め始めた頃からずっと帳面とカードに押してたんですが、
1年くらい経ってそろそろたまってきたので、分類してファイルすることにしました。
100均でA4のハガキファイルがあったのでとりあえずそれで……。
77駅スタンプは最終的にコンプしたいので、50音順で未収のところを空けてファイル(まだ半分以下)
あと南武線の駅スタンプが立川方面の3,4駅でコンプなので、そこだけ空けてファイル。
そのほかは、路線ごとに分けたら5枚ずつにも満たないので適当にかためてファイル。
さほど熱心に集めてるわけではないですけど、まあ1年も経てばこんなもんかなって感じでした。

ポスクロで受け取るはがきは、国によっても大きさがまちまちでファイルしづらいし、
なにより紙の質感が好きだからビニールのファイルに入れてしまうのもなあって感じで、
未だにどうしたもんか悩んでて、机の上に出してるPoICのドックの一番手前にぶっ刺してます。
PoICのカードも実は、映画鑑賞記録以外は3ヶ月以上一枚も書いてません……。
そのうち復帰する……。いまはちょっと、ノートにゴリゴリ書いてまして……。
いろんなことを、無理するのをやめようと思って、絶賛自分を甘やかし中です。
どうしても今は仕事で無理して自分追い込まないといけないので……。

ところで、わたし文具王とかああいうの本当に心底好きじゃないんですけど(コラ
手紙の保存方法は文具王のまねっこしてます。

●手紙を「標本化」して保存する。
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0802/29/news012.html

これ結構良いです。保存の仕方で困ることなくなりました。
私もこういうサイズがバラバラのものはA4にそろえたい派なので。

まあ、要するに私が憎んでいた「コレクター」っていうのは、単に「集めることだけ」に終始してる人のことで、
だからこそ「好きで熱中してるうちにたくさん持ってた」ことを「コレクター」と呼ばれて不快だったって話し。
それにしても、郵趣は沼というより穴ですな。もう半年以上自由落下してますけど、まだまだ底に着きません。

春画展に行ってきました。

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図録買ったら、行こうと思ってた白バイ大会の交通費が消えるので、
どうしたもんかと逡巡しながら目白を歩いていたんですが、
会場に行ってみたらすごい行列で……入場まで40分待ちとか……。
あー、こりゃ、作品なんかさっぱり見えないやつだなって、並びながら思って、
実際中に入ってみたらそりゃもう、人にもみくちゃにされる感じで、
思ってた以上にさっぱり作品なんか見られなかったので、図録買っちゃいました。
だから白バイ大会いけない。うーん。
まあ、バイク乗れない負け惜しみみたいなやつだし諦める……。

昨今、「わいせつ図画」ってことで、セックスにまつわる作品界隈が殺伐としている。
性器描写が規制されたり、逮捕されたり、どうにも殺気立っている感じがしていた。
「わいせつとアート」みたいな、手垢まみれの芸術論があっちこっちで弄ばれ、
もともと何の話をしていたんだったかわからないくらい真っ黒になってしまった感じ。
そんな風潮を笑い飛ばすかのように今回開催された春画展は、
「18歳未満入場禁止」という魅惑的なワードもあいまって、大成功をおさめていると思う。

春画に魅了される人は多い。
春画とはなんぞやと思われる方は、まず朝日新書から出版されている、
「わらう春画」(オフェル・シャガン著)を手に取られるとよいとおもう。
春画の魅力はとうてい一言では言い表せない。が、敢えて言うなら「生命力」だろうか。
あのポジティブな、湧き上がるような活力と、皮肉、嘲笑、そして大笑い。
生と性の営み。手触りのある生活。

春画を引き合いに出して、いわゆる現代アートの「わいせつと芸術性」みたいな話しをするのは、
わたしはどうにも違和感ばかりがまさってしまって尻のあたりがむずむずする。
そんな話しを出されたとたんに、立ち上がって出て行ってしまいたくなる。恥ずかしくて。
かといって、春画っていうのはな、なんて、語れるほどの情熱も無い。
そもそも、そういう連中に対しては、愛想笑いを取り繕うので精一杯だし。
それに、くどくどしい薀蓄なんかはどうせ何の役にも立たない。頭の片隅にあれば充分。

そういう意味で、この春画展の図録は非常に素晴らしい。
資料としても持っておいて損は無いと思う。
入場列に並びながら、帰途につく人々が手に手に鈍器を携えているのを横目にしていたが、
なるほど、18禁本らしくPPシュリンクのかけられた図録は実に600ページを越える。
収録作品点数、解説、構成、そしてなによりその装丁。われながらいい買い物をした。
いや、まあ、これを収納すべき本棚がもう、溢れかえってしまってるんだけどね。
どうしたもんか。

ときに、かつては一日に何度も更新することもあったブログを、2ヶ月?程度も放置していた。
ちょっと……仕事が……ほんとに……シャレにならなくてですね……。
4月に転職してからこっち、心身の疲労がもう、アレでして……。
一時はサイトの閉鎖も考えたんですが、もう何年も個人サイトをやってる身からすると、
これを閉鎖したらネット上にすら居場所がなくなってしまう気がして、
細々となんとか運営していこうと思っております。
正直、ブログの代わりにTwitterやInstagramで事足りている気はするし、
展示のお知らせだってFacebookなりTwitterなりで済んでしまうとは思うんですが、
そういう、SNSだけで発信することが常態になってしまうと、
錨を下ろしてなにごとかを書いたりなんなりすることが出来なくなっちまうんではないかと。
ほんとはね、投稿を控えるべきなのはTwitterなんですけどね(遠い目)

年内になんとか展開したいって言ってた例のアレは、そんなわけで来年以降になりそうです。
ここまで今の仕事が過酷だとは正直思っていなかったので、
年頭に調子こいていろいろ立ててた計画を、軒並み下方修正する羽目になりましたわい。
まあ、仕方ない。

ぼちぼち、ブログの更新頻度も戻して行きたいなと思ってます。
まず月3くらいに戻すのが理想ですなー。